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輪廻回廊369  作者: ヴァネット卿
第二部 第四章 解脱

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第87話 モモカと生きる意味

「馬鹿を全員、樽に入れたら俺の所に来い」


彼がそう言ってから百年、私は樽を作り続けている。


いつ終わるのか。


今日も数百の死体が運び出されて数百の樽が空いた。


作成される樽も入れれば、新しく樽に入る人間は一日千人は超える。


でも、馬鹿は居なくならない。


彼に会いたい。


会って…樽作りを辞めたいと言いたい。


もう私は彼の顔も思い出せない。


何故彼の元へ行きたかったのかも、何故彼の言葉に従っているのかも思い出せない。


今日も工場から上がってきた樽をただただ確認するだけで一日が終わる。


この百年、樽の生産に不備があったことなど無かった。


仮に不良品が混ざっていた所で、もう既に私は正しい樽の状態を覚えていない。


六十年程前から工場にも足を踏み入れてもいない。


毎朝の食事のチェックすら、これが人が食べるに適したものなのかもわからなくなっていた。


最初から気持ちの悪い食事だった。


樽に入るような人間はこれをありがたがって食べる。


それぐらいの認識しかなかった。


顔も思い出せない彼に宛てて、今日も読まれもしない報告書をまとめる。


千二十四樽…毎日同じ数の樽が作られる。


この数字にどんな意味があったのかもわからない。


報告書をまとめながら記憶に思いを馳せる。


彼は私の全てだった。


彼に全力で尽くし、彼の作りたい世界を実現するために必死だった…はずだ。


今となっては何故そこまで必死で彼の世界を追い求めたのかすら思い出せない。


何故樽を作り続けないといけないのかも…たぶん私は知っていた。


彼が何をしたかったのか…どんな世界を作りたかったのかも…知っていたはずだ。


もはや彼じゃなくても誰でも良い。


樽を作るのを辞めても良いと言って欲しい。



仕事が終わった私は自室で運ばれてきた食事を食べる。


ドンブリいっぱいの白米を口に運び、大きなステーキを口いっぱいにほおばる。


昨日のお寿司の方が私は好きだが、メニューは勝手に決められる。


自分で選べと言われても、

今の私には食べたいものすら選べなさそうなので助かっている。


食事の時間は人生で唯一の楽しみかもしれない。


五十年程前は、食事をしながら彼が死んでいたらどうしよう…彼が死んでいたら、

私のこの時間を終わらせてくれる人がいないと涙する日もあった。


でも、それを考えることにも疲れた。



食事が終わると健康診断ロボが入ってくる。


毎日体調管理をしてくれる。


たまには病気にでもならせてくれと思うことも、もう無くなった。


シャワーを浴びると、もう私のやることは何もない。


本当に何もない…


ベッドに横になり、考えることも尽きた。


思い出せる記憶もほとんどない。


昔は読んだ本の感触も忘れた。


テレビは百年前から映らない。


何もない…私の人生にも世界にも…私が求める物は何も…



そしていつものように一日十二時間近く寝た。


起きると朝食が運ばれてくる。


朝のメニューは決まっている。


パンに目玉焼きとベーコン、食後にコーヒーを飲み、

今日もなんとか頑張ろうと職場へ向かう。


朝の仕事は配達員からの報告書を読むことだ。


特に何も書かれていない報告書を、

問題があってもなんの対処もしない私が読む。


特に何も書かれていない…

いや、今日は違った。


私は少し心が躍るのを感じた。

いつもと違うことは嬉しい。


それが世界の破滅だとしても、

昨日と違う今日が始まるかもしれないことは嬉しいことだ。


「樽の上を走る女の子とそれを探している男の子?


樽の中の人じゃないのかしら?


誰なんだろう?調べた方が良いのかしら…


いや、でも調べたところで、誰だったらどうするって言うの?」


そう思いながらも私はロボを呼んでいた。


「何か御用でしょうか」


「配達員番号五三九二番を呼び出して、

この報告書について聞きたいことがあるの」


「承知致しました」


やっぱり、私は少し心が躍っている。


何かいつもと違うことが起きてる。


それだけで私は楽しくなった。


「連れてまいりました」


「ありがとう、この女の子と男の子のことを知りたいんだけど…」


「配達が間に合わなくなるので手短にお願いします」


「なら、知ってる限りのことを全部教えて」


「特には…急に話しかけてきたと思ったら色々聞いてきて…


何をしているのかとか、当たり前の質問をしてきて…


あ、なぜ樽の中が幸せなのかとか、家族と一緒に居たくないのかとか、

変なこと言ってましたね。


私がわかるのは…それぐらいです」


「何も知らない子ってこと?」


「そうですよ。もういいですか?配達が…」


「わかったわ。ありがとう」


何も知らない女の子…それを探す男の子…


全然意味がわからないけど、会ってみたいわね。


ただ…どうやって探そうか。


偵察機も軍隊や警察も残っていないこの世界で…

私には人を探すのに使える力が無い。


報告ロボが入ってきた。


「複数の樽より騒がしいと苦情が入っています。


管理体制はどうなっているのかと」


「知るか。つまらないこと考えてると幸せに死ねないぞと言ってやりなさい」


「そう言いました。念のための報告です」


「そう、そうよね…」


ロボはマニュアルに沿って動く…


騒がしいなんてことこの百年無かったけど、

マニュアルに騒がしい時の対応なんてあったんだ。


彼は…あらゆることを想定出来る人だったんだったかな。


「ん?騒がしい?」


「はい、子供が暴れているとの苦情でした」


「やっぱり様子を見に行こうかしら。


ドローンの用意をお願い」


「向かわせています」


そう言ってロボはスクリーンにドローンからの映像を映し出した。


私程度で考えることはなんでも考えられるロボだ。


このロボの存在も、私が退屈する理由、辞めたい理由になっている。


「ほんとだ。子供が走ってるわね」


「樽の住人に該当する子供はおりません」


「でしょうね。あんな子供入れるわけないもの」


私はマイクを手に取り彼らに接触を試みた。


「そこの元気に走る子供、立ち止まりなさい」


二人はドローンを視界に捉えたのち、キョロキョロしだした。


「あなた達よ。他には誰もいないわ」


手を振りジェスチャーで何かを伝えようとしている。


「音声はこちらに届くから、口で話しても聞こえるわよ」


「聞こえますか~?」


「聞こえています。あなた達は誰?」


「俺ははるま!こっちはゆうなちゃん!」


「私は、樽の管理棟の者です。あなた達はここで何をしているの?」


「管理棟って所に向かってるんだ!」


「わかったわ。騒がれたくないのでこのドローンについてきて」


「あんなに覇気のある子は珍しいわね」


「知らなかったのですか?人間とはあのようなものですよ」


私は久しぶりに笑った。


「ロボに人を説かれるとはね」


「あの方が危惧されていた状況になりましたね」


「彼のこと?危惧していた…なんだったかしら…」


「人と石の違いはなんだ。です」


忘れていた。百年前に彼と交わした議論が今鮮明に蘇った。


「玄関にお出迎えに行ってきます」


「よろしく、丁重にもてなしてあげて。


あと食事も用意してあげて、一緒に昼食にするわ」


「承知いたしました」



「ロボだ~!


そういえば、アマテラス社会って文明は凄かったけど、

ロボは天狗さん達のあれしかいなかったね」


「合理性を考えたら、脚はいらないってなるんじゃない?」


「そっか!そう言えばそうだね。


工場のロボもロボの形してないって動画で見たことあるし」


まただ、私の頭に記憶が鮮明に蘇った。


私も、初めてロボを見た時こんな反応をした。


「何故足があるの?何故腕があるの?何故人の形をしているの?」って…


そうだ、彼は笑いながら言った。


こういう無駄なロマンが良いんじゃないかって…


「初めまして、私の名前はモモカよ」


「初めまして、はるまです」


「私も初めまして、ゆうなだよ」


「さて、あなた達はどこから来たの?色々教えてくれる?」



彼らの話を聞けば聞くほど驚きの連続だった。


十の世界を渡り歩く存在、仏になるための概念とも合致する。


彼らはなんなのだろうか。


「それでね。パパの見たかった世界を見て、パパが何をしたいのかを知りたいの」


私も…そうだったのかな…


彼の世界を見たかった。知りたかったのかもしれない。


彼らにとってパパという存在は、私にとっての彼なんだろうか。


でも…私は反抗してしまったんだった。


樽の世界は、私が彼に反抗した結果だ。

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