第86話 はるまと世界の問題点
「俺は馬鹿だ」
「20年以上生きておっても、実際の年齢は小学生。まだ子供なだけよ。
もっと経験値が上がれば、お主は頭の良い子だと思うぞ」
太陽は東から上って西へ沈む。
太陽を目指して歩けば、朝向かった方から夜向かう先へ戻るだけだ。
馬鹿だ。これじゃゆうなちゃんに会えない。
「どうしたら良いかな。
普通に考えたらどこか一点を目指して進むべきだけど、
ゆうなちゃんが太陽を目指して歩いてれば同じように足踏みしてるかも」
「さて…
はるまの中のゆうなは間違えておることに気が付くか?」
「気が付かないと思う…
ならどこかで足踏みしてると考えるべきか…
いや、日が沈む前に端に到達していれば、そこで立ち止まるかもしれない。
とりあえず外周にだけは出るべきか?」
考えれば考えるほど迷う。
ここは考えるより決断だな。
「よし、日の出の方角にまっすぐ進む。
そのあと外周に沿って移動してゆうなちゃんを探すことにする。
ゆうなちゃんが外周に出てなければどこに行っても探せない。
探せる可能性のある場所に絞る」
「ふむ…なるほどの…」
こいつ本当は何か知ってるんじゃ?
そう思えたが、俺は深く考えるのをやめて進んでしまったんだ。
それから半日、日が少し暗くなりだした頃、視界の端に動くものを捉えた。
目を凝らすと、おそらく人影…なんだろう?
この世界に来てから動く人を見るのは初めてだった。
俺は手がかりが聞けないかと思い、その人影の方へ走った。
近付くとはっきりわかる。
何かを配っている?
樽の上に物を置きながら移動していた。
声が聞こえる範囲まで来た俺は思い切って声をかけた。
「こんにちは~!」
「急いでるんです。すいません」
こちらを振り返りもせず、箱を樽に次々と配って走っている。
「時間を取らせるつもりはないんだ。
俺と同じように樽の上を走ってる女の子を見なかったかなと思って」
「ああ、あっちの方に居ましたね。お探しの子かはわかりませんが」
俺が行こうと思ってた方角と逆方向だった。
「ありがとう!ところで何してるの?」
「食事の配達ですよ!その子にも同じこと聞かれましたよ」
きっとゆうなちゃんだ!
俺は夢中で走った。
日が沈む。
まだ先が見えない。
日付が変わっても同じ場所にいるだろうか?
いや、ゆうなちゃんがじっとしてるとは思えない。
早く行かないとどこに行くかわからない。
俺は限界まで走った。
暗くなっても眠ることなく。
走って…走って…走って…走り続けた。
何時間走っただろうか…
その時、また気が付いてしまった。
「俺は馬鹿だ…」
「今度はなんじゃ」
暗くなっても走り続けた。
「ゆうなちゃんがその辺の樽で寝てても、俺は気が付かない」
「ああ、そういうことか。そうじゃろうな」
「頭も回ってない。駄目だ。寝よう」
「それが良かろう。お主はまだ子供じゃ、
寝ずに無理をして結果が出せぬも道理じゃ」
「母さんみたいなこと言うなあ。でもその通りだ」
寝ようと決めた瞬間、視界に光が見えた気がした。
「ん?」
目を凝らす。
はるか先だが、火の揺らめきを視界に捉えた。
「火?なんだろう?」
俺は一瞬悩んだが、悩みながら足が前に進む。
「よし、とりあえずあの火を確認しよう」
暗闇の中を樽から樽へ飛び進む。
視界は不安定だが、樽が均等に並んでるおかげでなんとか進める。
どれぐらい走っただろうか。
火がどんどん大きくなり、はっきり見えるようになった。
「キャンプファイヤーか?」
その時、樽の終わりが見えた。
樽から飛び降りて、さらに先に走る。
キャンプファイヤーを囲み踊る人々…
その中心に、ゆうなちゃんの姿があった。
「何やってんだよ」
俺は思わず笑った。
本当に…何やってんだ。
俺は何も言わずに一時間ほど、踊るゆうなちゃんを眺めた。
本当に楽しそうだ。
好きなんだろうな。
アイドルらしからぬ。不思議なダンスだが…
姉がアイドル…
アマテラス世界のアイドルだから、俺達の世界じゃ言えないけど、
こんな状況じゃ無かったら、俺も嬉しくて周りに言ったりしてたのかな。
これがなんの宴なのか知らないが、今はもうそんなことはどうでも良かった。
そんなことを考えていたら、ゆうなちゃんがこちらに気が付いた。
ゆうなちゃんが駆け寄ってくる。
全速力で走ってくる。
勢いよく走ってきたゆうなちゃんはその勢いのまま俺に…
豪快にドロップキックを食らわせた。
「がああああ!痛い!」
「ごめんごめん。
でも、三日も待たされたからどっかで迷子になってるのか、って心配したんだよ~」
「いや、楽しそうに踊ってたでしょ」
「楽しかったよ~。
でも待つのは退屈だったから~」
そんな話をしながら、俺もゆうなちゃんも溜まった疲れと安心感からか、
いつ寝たのかもわからないほど自然に眠っていた。
次の日、炎天下の中で二人とも汗だくになって起きた。
「暑い…」
「暑いね…」
「今日どうしよう…」
「目的がわからないね…」
起きる気にもならなかった。
「この樽、凄いひんやりしてるね…」
「そうだね…」
「これ中どうなってるんだろう…」
「エアコン効いてるとかかな」
「あんな食事で、一人で瞑想して幸せについて考えるって人が、
エアコン効いてる部屋にいるの?」
「太ってるからね…」
「そうなんだよね…」
「この人達、本当になんなんだろう」
「わかんない…」
暑さで頭が回らない。
「パパならどうするだろう」
「引きずり出す?」
「パパはそんな乱暴じゃないでしょ」
「いやでも怖かったよ?」
「そういう怖さ?」
「違うか…」
何もやる気が出ない。
たぶんゆうなちゃんも同じなんだと思う。
二人してそういうテンションだった。
「ママならどうするだろう」
「何もしないんじゃない?」
「そうかも…」
「なんか変な世界来ちゃった~。で何もしない」
ゆうなちゃんが爆笑した。
「ママに言ったら怒られるよ~」
「言わないでよ…」
「動こうか…」
「そうだね…」
「動きなよ…」
「ゆうなちゃんこそ…」
「どこに行くか決めてから起きようかな…」
「決まらないね…」
「明日にする?」
「いや、このまま寝てたら干からびるよ」
「樽人に水だけでももらう?」
「樽人って何」
「樽の中にいる人、略して樽人」
「なるほど、樽人だね」
「でしょ?」
「そういえば、管理棟って所に樽の管理してる人たちがいるんだよ」
「会いに行く?」
「行こうか…」
「起きなよ…」
「そっちこそ…」
「じゃあ、いっせーのーでーはい、で起きよか…」
「良いよ…」
「いっせーのーでーはい!」
「起きなよ…」
「そっちこそ…」
俺達は二人で大笑いした。
「喉が渇いて死にそう」
「よし、本当に動こう」
そう言うとゆうなちゃんはおもむろに樽の蓋を開けた。
「なんじゃお前らは!さっきからうるさいと思っておったら!」
「水頂戴!水!くれないとここで騒ぎ続けるよ」
俺の姉だな。同じことやってる。
「わかったわい。水を飲んだら別の所に言ってくれよ」
「ありがとう!」
そう言って樽に入ったゆうなちゃんに続いた。
「涼しい~なんだこれ」
「エアコンぐらい付いとるに決まっとろうが、このクソ暑いのに」
「苦行してますみたいな顔してなんでだよ」
「別に苦行しとるわけじゃないわい。
快適な部屋の方が考えられるに決まっとろうが…」
なんだか本当にわかんない世界だなあ。
「いつまで涼んどるんじゃ。
水飲んだじゃろ。さっさと出てけ」
「出ていく気にならない」
「何を言っとるんじゃ!出てけ!」
「仕方ないなあ」
「管理棟ってあっち?」
俺は最初に聞いた方角を指さして、思ってる方向とずれてないか確認した。
樽から出た俺達は、走るまでの気力は無かったので気楽に樽の上を渡って行った。
「なんかほんとにやる気にならない世界だなあ」
「世界がそうなのかな?」
「そうなんじゃない?
緊張感も無いし、なんとかしないと!って感じ無いでしょ?」
「そうなんだよね~」
俺達はそんな話をしながら、のんびりと管理棟へと向かった。
この世界で何をするのかも全く見えない。
何かをしないといけないのかすらわからない。
本来なら焦る場面かもしれないが、
それすらも思えないほどに、俺達は何も考えていなかった。




