第84話 はるまと向き合う覚悟
「五万人殺したことがある事実より、
人間を五万回殺した事実に押しつぶされそうになるんだ」
「奴の子とて人の子よな。奴も人だったんだと我等は少し安心したよ」
「夢に見るんだ。
五万の兵を屠った瞬間がフラッシュバックする。
でもさ…意外と平気なんだ。
ゆうなちゃんが危ない目にあったらまた何度でもやってやるって…
でもさ、その五万人の記憶なのかな。
人生をトレースするような夢を見ることがあるんだ。
帰りを待つ子供が居たり、
この戦いが終わったら結婚しようって死亡フラグ立ててるやつまでいるんだよ。
そして、最後にはいつも同じ、俺に殺されるんだ…
胸が張り裂けそうで…自分が生きてちゃいけない存在になった気持ちになるんだ」
「風で回る風車を止めたとて、風車を殺したと絶望する者はおらん」
「そりゃそうだろ。俺の話となんの関係が…」
「しかし、その風車を子供のように思う開発者が居たらどうじゃろう。
人生をかけた研究でその風車が回らねば全てを失う男がおったら?
その男がお主の止めた風車のせいで、命を落としたらどうじゃ」
「あ…」
「罪人には殺される理由がある。それが己が正義なら殺したとて平気よな。
だが、帰りを待つ子供に、
父を殺される理由はあったかの?婚約者を殺される理由はあったかの?」
「どんな理由があっても殺しちゃいけなかった?」
「我等はそうは思わんよ。たぶんお前の父もな」
「だったら!」
「だからこそじゃ!
お前はその罪と向き合わねばならんよ。
先の問いな。奴ならこう答えたじゃろ。
俺に殺される父を持ったことが、父を殺された理由だとな。
奴は殺しても後悔などせぬよ。しかし罪は背負っていく」
「後悔するのと背負うのは違う…」
「そうじゃな。お主は、何度でも同じことをするじゃろう。
きっと反省はせぬよ。悪い悪くないと語った所で、その時々で変わろうものよ。
しかし、主は背負い続けねばならぬ。
主の姉は、それがわかっておったから、一緒に背負うと言ったのであろう?」
「ゆうなちゃん…そうなのかもしれない」
やっぱりお姉ちゃんだからかな。
ゆうなちゃんがちょっとだけ大人だったのかもしれない。
そんなことを考えながら俺はふと大切なことに気が付いた。
こいつは誰だ?
俺は何故こんな話をしている?
起きた俺は、たぶんゆうなちゃんが言う所の樽の中にいた。
ただ違ったのは俺の樽にはこいつが居た。
「人とかかわるのは怖いか?」
唐突に始まったこいつの質問から、
俺は自分が殺した人々のことを思い返して苦悩を口にした。
「それでさ…あんたはだれ?
天狗の関係の人…だよね?サイズ的に」
「我等のことは亡者とでも呼んでくれ。
そうじゃな。我等は天狗よ」
「背負うってのは…考え続けるってことで良いのかな。
後悔じゃなく、自分のやったことと向き合い続けるってことで…」
亡者は黙ってうなずく。
「さて、そろそろ出ようかの。
ゆうなもお前のことを探しておろう」
樽から出ると青空が広がる。
亡者は生きてるのか死んでるのかわからない身体つきをしている。
ミイラのような干からびた身体が、
清々しいと言わんばかりに強い日差しで伸びをする。
なんともシュールだ。
ゆうなちゃんに聞いてた通り、見渡す限りの樽。
一応何パターンか話し合っていた。
飢えた少女のいた世界なら川を探して欲しい。
火の山と凍った海なら丁度中間で、樽の世界なら太陽に向かって歩こうと。
俺は迷わず太陽に向かって樽を飛んで進んだ。
「重要人物が樽の中に居たりする?」
「さあの。どうじゃろ。何を持って重要やら」
「そりゃそうだよな。何をするべきか。
わかってたら教えてくれるよな」
「いや、教えぬよ。
お主らがやるべきことがあるとすれば…
わしには教えられぬ」
「なんだよそれ」
ぴょんぴょんと渡っていくが、樽ばかりで終わりが見えない。
樽平線とでも言うのか。
数十分進んだだろうか。
はるか彼方に人が見えた。
「人だ!」
近付くと樽の上に座る人の姿が見えた。
「こんにちは~!」
聞こえていない?
隣まで行くと俺は覗き込んで話しかけた。
「こんにちは」
驚く素振りも無く、その女性はこちらも見ずに返事した。
「話しかけないで」
「ここで何してるの?
この樽って全部人が入ってるんだよね?
その座ってるのが君の樽?」
その女性は全くの無反応で再度答えた。
「話しかけないで」
その時俺が立っている樽から声がする。
「やかましいぞ!静かにしろ!」
俺は反応してくれる人がいるのはチャンスだと思い喜んで樽を開けた。
「な、何をする!閉めろ!私にかまうんじゃない!」
俺は何も言わずに樽の中に入る。
「聞きたいことを聞いたらすぐに出ていく。答えてくれないならずっとここで騒ぐ。質問に答えてくれ!」
その男は明らかに嫌そうな顔をしたが、諦めたように答えてくれた。
「わかった。わかった。聞きたいことがあるなら言え、そしてすぐに出ていけ」
「この樽で何をしてるの?」
「人との関りを切り一人で幸せについて考えている」
「なんで人との関りを切ってるの?幸せって?」
「人としての幸せに、他人など不要じゃからじゃ。
幸せとは人がどのように生き、どのように死んでいくかじゃな」
「友達と遊ぶのとか幸せじゃない?」
「そんなレベルの低い話じゃないわい!
お主は人との関係で悩んだりせんのか?」
俺はさっき亡者に言ったことを思い出した。
今まで人に言わないようにしていたが、
背負うって言うってことかもって思った俺は思わず言ってしまった。
「人を殺したこととか…悩んでる」
「そうじゃろう。そんな悩みは人の幸せを台無しにする。
人を殺し…人を殺し!?
それはどうじゃろう…
でも、そうじゃな。人との関りを無くし、
人を殺したことなど忘れてしまえば良かろう。
そうすれば、お前にも幸せが訪れる」
「それは向き合うってことじゃないな…
まあいいや。
今は俺の話じゃなくて、ここの人達はみんなこれしてるってこと?
樽の中で?」
「そうじゃ、全ての民が基本的には樽の中を目指す。
何かを成して認められたもの、生まれつき決まっていた者は樽に入れる。
樽の外にいる者は、必死で働き樽を目指す。
そして樽の中で幸せを考えて、死んでいく」
「なんだかつまらなそうな人生だなそれ…」
「何を言っておる。
お前だって人となどかかわるから人殺しなんぞになったのだろう?」
それはそうかも…
誰もがかかわらなければ不幸になることも無いのか?
いや、でもそれじゃあ…
「食料とかは?」
「樽に入れぬ者達が樽の上に置いていきおる。
一日に一食、空腹は幸せを考えるに良い刺激を与えるのであまり食わぬ」
なんだかアマテラス社会と通じるものを感じるな。
「合理的…なのか?」
「合理性などくそくらえだ。
考えるとは知識や知恵で生み出されるものではない。
黙して自然の摂理やふと思いつく物だ。
もう良いじゃろ。邪魔をせんでくれ」
「わかった。最後に、樽の外の人達に会おうと思ったらどこに行けば?」
「あちらの方向に管理棟がある」
太陽に向かって右の方角を指さしていた。
とりあえず、ゆうなちゃんと合流したらそちらに向かおう。
「ありがとう、人ともかかわった方が頭も整理出来ると思うよ」
「うるさいわ!整理など必要ない!」
俺はそっと蓋を閉じて再び太陽の方に向かった。
「忘れるってのは背負わないってことだよなあ」
「そうじゃな。お主がそれを選択しても誰も責めぬがな」
死にかけのミイラが樽の上を元気に飛び回る姿は凄く違和感だ。
「そういえば、
さっきのおじさん一日一食で空腹が良いって言ってた割に太ってたよなあ」
「お主の世界でもそういうもんじゃろ。
金持ちが自ら太り自ら痩せるための運動をする」
「ああ、そう言われればそうかも。
俺いっつも不思議なんだよなあ。
電動自転車で楽になったって言いながら運動不足だからって家で自転車こいでる人…」
「やはり、お主は奴の息子よなあ。
奴がおらんくなっても退屈せんのはうれしいのお」
天狗と父さんの関係、聞いても教えてくれないくせに、こういう情報を言ってくるのはずるいよなあ。
その日は日が暮れるまで進み続けたが、何も無かった。




