第76話 はるまと飢えた少女
「まじか、まさか…こうきたか」
大草原にポツンと一人、大の字になって寝ていた。
最初に畜生界に行った時…恐竜と出会った場所に似てる。
でも若干違う。
なんだろう。
生臭い血の匂いと、辺りに散乱する死体の山。
これは...魔王領で戦争が起こった?
違う、周りの山々の感じも違う。
畜生界や修羅界の可能性はある。
でもこれは...
俺はとりあえず歩いて移動してみた。
一キロぐらい歩いただろうか。
一人の少女が、必死に何かを食べていた。
腹が減っているのか、こちらにも気が付かず食らいつく。
覗き込み、何を食べているのか理解した瞬間、胃が裏返った。
「な!なに…」
それを見た瞬間俺は嘔吐した。
俺は、今見た物を理解出来ない。
何が起こってる。
俺はいったい、何を見てるんだ。
嘔吐が止まらない。
胃の中が空っぽになってまだ、頭が吐き出せと言う。
おぞましい光景に、もう一度見ることすら出来ない。
目の前に広がる光景…
人が…人を食っていた。
「なに…してんだ…」
少女がこちらに気が付いた瞬間、
口を大きく開けてこちらに走ってきた。
食われると思ったが、身体が動かない。
少女に押し倒される。
腕をかまれた激痛で我に返った。
少女の頭を引き剥がし、口に剣の鞘を咥えさせた。
剣を食う勢いでかみちぎろうとする少女。
なんだこれは、畜生の動物的な部分?
いや畜生界の人の性質じゃないな。
この子は何かの病気なのか?
とにかく腹を空かせてるんだろうか?
見渡すが何もなさそうだ。
「イフリート、食べるものなんて出せないよね?」
「炎は旨いが主は食うまい?」
こんな状況だがいつもどおりのイフリートに安心して、俺は少し笑ってしまった。
「食わないね。食うと焼けるでしょ?」
「食べるものないか探してって言ってもいい?」
「承知した」
イフリートが高く飛び上がる。
何かを見つけたのかすぐ飛んで行った。
しばらく待つと、イフリートは熊を運んできた。
イフリートが落とした熊は焦げていた。
俺は少女の口枷を外して飛び離れた。
少女は熊に食らいつく。
どこに入るのかわからないが、少女の身体以上の量は食べたと思う。
食べ続けるのに疲れたのか、少女はそのまま倒れて寝てしまった。
少女をイフリートに任せた俺は、ベヒーモスに担がれて水を求めて川に来た。
口をゆすぎたかったし、水を飲みたかった。
何故かはわからないが、喉が焼けるように乾く。
水を汲み少女の所に戻った俺は再度驚愕した。
熊は骨だけになっていた。
少女が骨にかじりついていた。
骨も食べる勢いだ。
あの熊を一人で全部食べたのか?
あれからまだ十分ほどしか経ってない。
食ったものはどこに消えている?
食べ続ける少女の前に水を差し出すと、俺から奪い取りがぶ飲みした。
よほど喉が渇いていたんだろう。
しばらくすると、少女が初めて人の言葉を話した。
「おなかが…たべなきゃ」
そう言うとまた少女は気を失った。
気を失った少女を連れて川に戻った。
喉が渇いてたまらない。
水場の近くに場所を移したかったんだ。
時折、うめき声を上げるが少女は眠り続けた。
「ここは瘴気が濃くてかなわんな」
「瘴気?」
「簡単に言うと悪い気だが、主の渇きはそのせいであろう」
「そうなんだ。さっきから喉が渇いて、水が欲しくてたまらない。
あ、もしかしてこの子も同じ状態?」
「体質もあるようだがな。
渇きによって我慢がきかぬやもしれぬな」
結局夜まで少女は起きなかったので、俺はそのまま眠った。
起きると、ゆうなちゃんが先に起きていた。
「おはよ~なんか次は変な世界だったね」
ゆうなちゃんが難しい顔をしながら答えた。
「変と言うか、お酒飲んでギャンブルしてる人がいっぱいいたね。
私はゴロゴロしながらお菓子食べて終わった」
「何それ!俺が知らない女の子に食われそうになってる時に!ずるい!」
「知らないよ~何それ女の子に食われるって、怖い」
「やたらと喉が渇く世界だったよね。
なんか水を常に飲んでないと喉が焼けそうな」
「そんなことないよ~いっぱいジュース飲んでたから気にならなかったのかな」
「やっぱりずるい!」
「早く学校行きなさい!」
母さんに怒鳴られて急いで家を出る。
出る時に、父さんに行ってきますを言って線香に手を合わせた。
急いでても、何年経ってもこの習慣だけは変わらない。
学校に着くと喧嘩してる同級生に鉢合わせた。
「俺は風の精霊の力手に入れたんだ!お前なんかもう怖くねーぞ!」
「なんだとこの野郎!」
ほっといても良いんだが、精霊の力を悪用する奴を放置するのも気が引けた。
「おい!」
俺の一言でこちらを向いた同級生が後ろに立つイフリートの姿に驚愕する。
風の精霊、シルフもびっくりして小さくなっている。
「人を傷付けるようなら、その精霊消し飛ばすぞ!
悪さしなきゃ、何もしないから、おとなしくしてくれ」
「わ、わかった」
精霊を出した同級生は、
精霊の態度から逆らわない方が良いことはすぐにわかってくれたようだった。
「よくも脅かしてくれやがったな!」
もう一人の方が殴りかかった。
イフリートが鼻息を鳴らす。
「あっつい!」
こぶしを押さえてうずくまる同級生。
「これ以上喧嘩するなら、精霊の力も止めねーぞ」
これで何回目だろう。出来る限りの精霊は黙らせる。
俺の見える範囲で精霊に悪さはさせない。
魔力を持った奴は力づくで痛い目にあってもらってるが、
魔力同士の喧嘩で怪我させた時の法律はいまだに定まらないらしい。
それよりも俺の最近の悩みは、
恐竜に教えてもらってないことが授業で出るようになってきたことだった。
授業をちゃんと聞いていないと成績が落ちる。
今日はテストがあった。
地震の仕組み…ベヒーモスが暴れる。とかじゃないよな。
洪水は…リヴァイアサンが怒ってるんだと思うんだよな。
テストに精霊が出てくるわけない。
全然出来なかった。
絶対母さんに怒られる…
テストが散々だった以外は特に何もない一日だった。
まだしおりんの親から許可が出ないので、おねえさんとの作戦も進展は無かった。
その日は特にないまま、早めに寝ることにした。
ゆうなちゃんがあの世界に行きたいとうるさくて、
俺は行きたくないんだけど…あんな世界嫌だ。
でもあの少女のことは気になっていた。
食われる覚悟は…出来ないが、意を決して寝ることにした。




