第72話 おねえさんと力の代償
私の不手際で世界は崩壊に向かうかもしれない。
あの日、力ずくでも彼らを止めるべきだったのかもしれない。
「我々は、もう彼を必要としていない。
我々のこの力が世界が望む物を与えられるはずです」
数人の研究員が精霊を出す。
火の精霊、鉱物を操る土の精霊や木々を操る精霊と様々だ。
精霊の力で場を制圧しようとする彼らに対して私はリヴァイアサンで威圧した。
水の精霊はその瞬間に姿を消し、その他の精霊も精霊王の力の前に何もしない。
しかし、彼らは三六九機関を出て新しい機関を立ち上げた。
神の研究所と名乗る彼らは、そのあとどんどん勢力を拡大し、
今や三六九機関と並ぶほどの権力を手に入れた。
考えれば単純な話だ。
眠ったまま何が起こっているかわからない彼に見切りをつけて、
実際の力を目にした彼らに希望を見出した権力者が現れるのは当たり前だった。
研究員は半分に減ったが、問題ない。
有り余る資金をこれ以上増やしたいと思っていない私達にとって、
寄付金が集まらないことも、政府の関心が別に向くことも好都合だ。
「また警察からの応援要請です。
土の城壁を築いて立てこもってる男がいると」
私はため息をつきながら現場へ向かう。
確かに大きな土壁が出来ていた。
「リヴァイアサン、お願い」
「承知した。少々待たれよ」
リヴァイアサンが中に入っていく。
基本は交渉だ。
そしてほとんどの交渉は…
その瞬間、土壁が地面に飲み込まれて行く。
中から水に流される犯人が現れる。
精霊王の力は本当に特別だ。
ただ、これのせいで、力を隠しておけなくて便利に使われて困っている。
「さすが水の女王」
私は大きくため息をもらした。
「その呼び方は…まあ良いです。
神の研究所には協力要請したの?」
「あの研究所は駄目です。
金がかかる割に、成功率が低くて」
「先日なんて、商業ビルを燃やす女がいたのですが、
水で応戦した結果が大爆発です。
なんの爆発かもわからないのですが、
戦った結果がさらにひどい結果になることが多くてですね」
「まあ対立する精霊同士ならそうなるのかしら」
「それに比べるとあなたは平和的に解決する割に、
予算はこちらの言い値でやって頂けるので…
お金を出し渋るつもりはないのですが、
それについては少し申し訳ないと思ってます」
「それについては、
何かの時に借りは返してもらうつもりだから心配しないでちょうだい」
「それが一番怖いですよ」
私は笑いながら言った。
「飲酒運転を見逃せとか言うつもりないわよ。
はるま君が喧嘩した時に、
げんこつ食らわせるぐらいで許してあげてとかは言うかもね」
最近気が付いた。
精霊を呼びだすからなのか、精霊が力を使うからなのかは、
わからないけど、脳が疲れる。
イライラしたりするし、甘いものが欲しくなる。
こうして出動した日は、スイーツを食べて帰るようにしている。
「これ、精霊そのものより危険かも。
意味も分からず呼び出し続けた人間が、イライラしたりしだしたら…」
私はリヴァイアサンを見た。
「精霊王だから特別疲れるとかなら、心配いらないんだけど…」
オフィスに戻った私は、
リラクゼーションチェアに腰掛けてホットアイマスクを目に乗せた。
「はるま君の話だと、私は倉庫番で女帝で世界を統べるAIの管理者…」
設定が多すぎて追いつかない。
「一人の人間が背負う量のキャラじゃないわね」
自分の言葉に笑ってしまう。
「そして彼は魔王で、女帝と世界を二分する皇帝で、そのAIのマスター」
それはなんとなく納得してしまうわね。
アイマスクを外した私の目の前にゆうなちゃんが、
驚いて起き上がった私はゆうなちゃんとおでこがぶつかってしまう。
「あいた!」
二人でおでこを押さえる姿に、二人して笑ってしまう。
「相談があってきたの」
「何?パパのこと?」
「こないだ。私がはるま君の同級生を殴った話したでしょ?」
「あったわね。気持ちが抑えられないって」
「あれね。本当はあの話私の話じゃなかったの」
「はるま君の話ね」
それから、はるま君が修羅の世界でやったことを聞いた。
「五万…」
「ちょっと考えられない話よね」
「いや、人数は問題じゃない。
殺したことも彼の子供だと思えば理解は出来る。
でも…」
はるま君の精神が心配だ。
カウンセリングを受けさせるべき?
いや、事態を重くする必要はないかしら。
「それで、ゆうなちゃんはどう思ってるの?」
「私は、はるま君と一緒に罪を背負うって言ったから、一緒に向き合いたい」
「ゆうなちゃんがそう思ってくれてればはるま君は大丈夫よ」
「でも、パパにもママにも言えなくて…」
「わかった。それじゃ私も言わないわ。
でもいつかパパにもママにも言った方が良い。
必ず一緒に背負ってくれるから、知らないことの方がママは悲しいと思うよ」
「そうだね。わかった。
それで、はるま君はどうしたら良いと思う?誰かに相談する方が良いのか。
おねえさん話してみてくれる?」
「いいわ。今度話してみる。
はるま君の精神状態も気になるしね」
「神の加護を背負いし少女よ」
リヴァイアサンがゆうなちゃんに語り掛ける。
「私?」
「そうだ。汝は神の力に抗うことに成功したのか?」
「たぶんね。私はこの力を特別な意思でしか使わない」
「そうか。他の者もそうであればいいな」
「心配してくれてるんだね」
「あれは世界を狂わせる力、魔王の怒りを買えば、世界が滅ぶかもしれぬ」
「魔王さんはこの世界にはいないよ?パパは眠ってるし」
「魔王はどこにでもおるさ。この世界の魔王が姿を現すことも…」
私は、その言葉を忘れることが出来なかった。
彼じゃない魔王が存在するかもしれない。
この世界の本当の魔王が?
聖女の力も、精霊の力も、魔力も。
使用者を飲み込む諸刃の力だ。
そしてそれを許さない存在がいる。
人々が飲み込まれて行くその先に、どんな世界が待っているんだろう。
「この世界の危機が訪れる前に…
弥勒計画を急ぐ必要がありそうね」




