第71話 はるまと新世界
あれから一か月、何度寝ても別の世界から呼ばれることは無くなった。
天狗は言った。
混沌は気まぐれで、なぜ呼ばれたのかも、なぜ呼ばれなくなったのかもわからない。
天狗でもわからないんだ。
俺達が呼ばれたこと自体が、世の理から外れたことだったんだろう。
一か月間の夏休みを利用して俺達はハワイに来ていた。
母さんは旅行の段取りが大好きで、久しぶりの旅行を楽しそうに準備してた。
その間だけは、
父さんの検査等を集中的にさせて欲しいと、
おねえさんに父さんを預けてきた。
少し不安だったけど、
おねえさんは俺達以上に父さんを守ってくれる人だと、
家族みんながおねえさんを信頼している。
俺もゆうなちゃんも久しぶりに気楽に楽しめてる。
父さんがいつかハワイに連れて行きたいって言ってくれてたんだ。
綺麗な海、父さんが見せたいって言ってくれてたものはこれだったんだと感激した。
俺達は一か月間過ごしたハワイからの帰り道、
飛行機の中のニュースを見て驚愕することになる。
「なんだこれ、精霊の力?」
おそらく精霊だと思われる魔物を召喚出来る人間が悪事を働く事案が続いているとキャスターは語る。
超能力に目覚めたもの、人の命を操れる者、スタンド使いなどと言う者もいる。
その時、乗客が騒ぎ出した。
「席をファーストクラスに変えろって言ってんだ!
俺は能力者だぞ!お前を消し炭にすることだって出来るんだぞ!
サラマンダー!こいつを燃やし尽くせ!」
何も起こらない。
なんだ?虚言か?
「なぜだ?サラマンダー!サラマンダ!出て来い!」
「お客様、お静かにお願いします。
最近、モンスターを呼びだせると、
特別扱いを要求される方が多くいらっしゃいますので、
特別扱いは出来ません」
確かに火の精霊としてサラマンダーは存在する。
彼女の反応を見てる限り、やはり虚言か。
いや違う。
サラマンダーがいる。
こちらの様子を伺っている。
まさか、後ろを振り返るとイフリートが腕組している。
「我の見ている所で、害意を持った呼び出しに応じる馬鹿はおらぬて」
なるほど、イフリートは炎の精霊王、サラマンダーが気を使ってるのか?
「安心してよいぞ主よ。
精霊を呼びだせると言っても、
精霊の力が弱いこの世界ではおそらく精霊も人と同程度の力しか使えぬよ。
それにな。
我等精霊は、戦う時もあるが、きちんと場をわきまえる。
人のように残虐な殺しの道具にはならんよ。
少しいたずらをする者がおるぐらいじゃろう」
「炎を出せる魔神ってだけで怖いんだよ」
そう言いながらも俺は、精霊の性質を確認出来て、少し安心した。
「聖女とかも覚醒してるのかな」
ゆうなちゃんが不安そうに言う。
いるかもしれない。
人の命を操る者の存在が気になる。
「なんだか物騒な世の中になったわね」
空港ではおねえさんが出迎えてくれた。
大きな車には父さんも乗っていた。
目を離せないからと連れてきていた。
車に乗り家に向かいながら話を聞いた。
「おねえさんも精霊王…リヴァイアサン呼びだせるよね?」
「やっぱり知ってたのね。王だってことも…名前まで…」
ここまできたら隠しておけない。
俺は母さんに精霊のことを話した。
「いつもはるま君がお世話になってます」
母さんは深々と頭を下げた。
「主の世話を焼くのも、我の仕事よ」
「ゆうなちゃんもそういうのいるの?」
「私はいないよ。でもちょっと特別な力を持ってる。ケガを治したり」
「やっぱり、神の加護ね?それは黙っておいてね。家族以外に教えちゃ駄目」
「え?なぜ?」
「傷が癒せる。死んだ人をよみがえらせる。
そういう思想に結び付くような能力は危険に巻き込まれるから。
火の玉を出せるとかは、鉄砲の代わりぐらいにしかならないけど、
命を扱う能力は殺してでも奪いたいと思う人もいるのよ」
「あ!」
だからか。
しおりんが傷が治るとかの話で、
それ以上言わないでと言った意味が今やっとわかった。
「ところでなんでみんな能力に気が付いたの?」
「私のせいね」
「おねえさんの?」
「リヴァイアサンを呼びだせるようになった時に、同僚の研究者に見られてたの。
口止めはしたんだけど、同僚が研究したいと色々聞いてきてね。
自分の中にある何かを見つける方法を発見してしまったのよ」
「そうだったんだ。でもおねえさんのせいってわけじゃないよね」
「私は駄目だと言ったんだけど、その研究者が三六九機関から離れてね。
別の組織を作り能力者を次々に生んだってわけ。
まあ幸いなことに今はそれほどの混乱はないわ。
小悪党が能力を使って人を傷付けたり盗みを働くことはあるけど、
それは今までも犯罪者はいたわけだし、犯罪率が少し上がったぐらいかしら」
「神の加護、実際は神の加護じゃなくて聖女の力って言うのなんだけど、
これを持ってる人は?」
「命の泉って言う宗教団体が立ち上げられて、
その教祖がその力を持ってると言っている」
「あとは、政治団体の総裁に一人ね」
「精霊に関しては精霊王を契約してる人は発見されていないわね」
「ふむ、精霊王はここに三柱そろっている。
三柱だけでも、そろうのは数千年ぶりか」
おねえさんが驚きの声を上げる。
「イフリート、リヴァイアサンの二柱でしょ?」
俺はため息をつく。
内緒にしようかと思っていたのに、このイフリートは。
「ベヒーモス!」
「まあこちらの方も、はるま君の精霊さん?
いつもお世話になっています」
母さんがまた頭を下げた。
「うむ」
「あと二柱は?」
「数千年会っておらん。どこにいるかもわからんよ」
この反応、父さんとは違ったのか?
「二柱の精霊王と、九人の聖女の行方が気になるね」
「聖女の人数は決まっているの?」
「うん、全部で十二人いるはずだ。
最近、国王と指導者が手を取り合って戦争して奴隷解放って国あったでしょ?
たぶん、あの指導者もその一人だ。確定じゃないけど」
「でも最大の問題は精霊王が悪人の手にあった場合だと思う」
「残りの精霊王って悪いこと出来そうな感じ?」
「一柱は最悪じゃな。世界を滅ぼしかねん。
もう一柱は…戦う向きじゃない奴じゃが、一番厄介かもしれん」
「しかし…我は…」
「なに?」
「奴の方が厄介よ」
父さんを指さすイフリートの顔には少し恐怖が見えた気がした。
父さんが?いや、イフリートは父さんの魂に魔王を見てるのかもしれない。
精霊王の契約なんかなくても、精霊王がおそれるような存在なんだ。
車が家に着くと、警備の人達が父さんを運んでくれた。
十二人の聖女よりも、五柱の精霊王よりも、
その精霊王が厄介だと恐れる存在。
こうなってくると全ての世界の裏側に父さんがいるような、そんな気がしてきた。
家に帰ると、俺とゆうなちゃんは母さんに叱られた。
黙ってたこと、危ないことしてたことをだ。
そのあとで母さんは俺達を抱きしめながら、
これからはちゃんと話すようにと言ってくれた。




