第46話 はるまと現実の世界
これは…金縛り?全身が痛い。疲労感なんてレベルじゃない。
頭は起きてるのに、身体が動かない。
三十分ぐらいはぐったりしていたと思う。
重い身体をなんとか起こし、ぎこちなく動き出す。
一歩踏み出すと、
「ぎゃー痛い!痛い!」
足元で姉のゆうなちゃんが叫び声をあげる。
「ごめんごめん」
最近これがお約束みたいになってるな。
ロボのような動きで、なんとかリビングに行く。
「も~はるま君もうこれわざとでしょ~!」
「違うって~ゆうなちゃんが入口にいるからだよ」
「ママ~寝る場所変えたい~」
「はいはい、朝ご飯食べなさい」
いつもの暖かいシチューが心にしみる。
正直、人を殺した実感がわかない。
わかない自分が怖い。
本当に俺は大丈夫なんだろうか。
そんなことを考えているうちに時間は過ぎていった。
今日は土曜日で午後からしおりんがやってきた。
ゆうなちゃんと遊ぶために来たんだけど、
後で俺も加わって話を整理しようと思ってる。
その前に天狗に聞きたいことがあった。
「畜生の世界のみんなは元気なんだろうか?
あれからあっちの世界で10年は経ってるよね?」
「そうだな。ちょっと待て、思い出すから…」
天狗は少し考え込んでいる。天狗の記憶の共有の仕方が気になってるんだよな。
「シンシアは心配そうに泣いたりしてたな。
賢者が教えてやってお前らの情報は伝わってる」
俺がいなくて泣いてくれてたんだ。なんだか少しうれしくなった。
「ゆうなが見つかったことが分かって安心したのか元気になったよ」
「アーサーさん達は?」
「アーサーはアリシアとシルビアのサポートのおかげで外交もうまくいってな。
同盟国をどんどん増やしてるみたいだな。
魔王が姿を消してな。
アリシアは気にしておらんようだが、
そのおかげでずっとアーサーのサポートに集中出来てる感じだな」
俺は少し安心した。
俺達がいなくなっても、世界は前に進んでいるし、
アーサーさん達のおかげできっと良い世界になっていくんだろうな。
「そういえば、十人の聖女が新しく誕生してたな」
「始まりの聖女、シルビアを含めて十一人ってことだね。
本来は聖女って十二人だっけ?」
「そりゃ最後は、最後の聖女ナルビアだろって。
最後の席はお姉ちゃんの席だって言ってたぞ」
「そうなんだ。でもそれはシルらしいね。
あ、そもそも畜生界の俺たち、マーリンとナルビアはどうなってるの?」
「そりゃおめー、封印された時と同じ状態だわな」
「寝てる状態ってことか。父さんと同じ状態なんだね」
その後、俺は天狗と一緒にゆうなちゃんとしおりんの所に行った。
ゆうなちゃんがある程度の話をしていたようで、畜生界の話で盛り上がっていた。
「あ、はるま君!良い所に来たね!イフリートとベヒーモス見せて!」
「見せてって言われても、こっちの世界じゃ出せないでしょ」
俺は呆れて答えた。しかしゆうなちゃんが怪訝な顔をする。
「なんで?」
「なんでって、この世界には魔法なんてないし」
「だって、畜生の世界で契約した精霊が修羅の世界で呼びだせたなら、
こっちの世界でだって…」
「いや、それは精神世界で…」
いや違う。どちらも同列の現実なのだとしたら…
俺は意識を集中してみる。自分の中にいるイフリートとベヒーモスを探した。
イフリートの存在を感じた。かすかにベヒーモスも感じる。さらに意識を集中する。
「起きろ。出てこい」
言葉が口からこぼれだす。
部屋が凄まじい熱気に包まれる。
イフリートとベヒーモスが現れた。
「すごーい!これが火と土の精霊なんだね」
しおりんが驚きと歓喜の声を上げる。
「我らは精霊の王だ。主よ何用だ?」
「ごめん用は無いんだ。
ここは君たちの居た世界とは違うんだけど、呼びだせるのか試したくて」
「確かに精霊の力がとても弱い世界のようだな」
「パラライズ!」
「あがっ!」
身体がしびれる!唱えた本人のゆうなちゃんが驚いている!
何やってんだこの姉は!馬鹿なのか!
10分程経って身体が少しずつ動き出す。
「ナニヤッテンダ」
少し口の動きがおかしい。まだ身体がうまく動いてない。
「ごめんごめん!もしかして私も出来るかなと思って」
ゆうなちゃんがおどけて言う。
「他に試しようあっただろ」
「でもこれ凄いよね!私の片割れが魔法使えたら私も使えるのかな?」
「今は使える状態じゃねーな」
そう言った天狗にしおりんが聞く。
「それは私の片割れが今は魔法を使えないって意味?」
「そういうことだ」
「まとめると世界の中心に回廊があって、魂は回廊を通して世界とつながる。
そして魔法や精霊のように魂の契約は世界を超えて有効ってことだよね。
記憶が断片的につながるのはどういう仕組みなの?」
しおりんが推理モードになった。天狗があからさまに嫌そうな顔をする。
「人の記憶は脳に蓄積される。
でもな、死ぬほどの経験をしたり、
めちゃくちゃ嬉しかった記憶ってのは魂とか身体に刻み込まれるんだよ」
「あっ!」
しおりんが何か気付いたみたいだった。
「なんか知らないけど嫌いなものがあったり、
好きな物があったりも他の世界が影響してるってこと?」
「そうだな、畜生の世界で奴隷として差別されてきた人間は、
こっちの世界で差別されてないのに過剰反応したりな」
「修羅の世界で命を救われたから、何もしてもらってないのに恩義を感じたり?」
「そういうことだ。おめーは毎度毎度、感が良いな」
「昨日の死闘のせいか。
今日は身体があちこち痛いんだけど、それってもしかして身体にも影響あるの?」
「無いとは言えねーな。
物理的な干渉は無くても精神が身体に及ぼす影響は大きいし、
身体の変化そのものは他の世界にも影響はするしな」
「それって…」
しおりんが何かに気付いたようだが、言い辛そうに口を開いた。
「不治の病を治したり、怪我を治したりも出来そうだよね」
天狗がやれやれという感じで答える。
「そりゃおめー、気付かない方が良かったな。そのとおりだぞ」
ゆうなちゃんが興奮している。
「それすごい!なんでも出来るんじゃ…」
「だめ!」
しおりんが珍しく大きな声を上げた。
「ゆうなちゃん。それ以上言わないで。いったんこの話はおいておこう」
「わかった。しおりんが言うなら忘れるよ」
ゆうなちゃんはしおりんの言うことは素直に聞くんだ。
「それがいいな。察しが良い奴は嫌いじゃねーぞ」
俺はしおりんが何を怖がってるのか、この時はわからなかった。
ただ、天狗の反応を見て、これ以上踏み込まない方が良いことだけはわかったんだ。




