第21話 はるまと祠の天狗
「ゆうなちゃんとはるま君が元気に大きくなりますように」
母さんはそう言うと振り返った。
「はるま君、どうしたの?」
俺は恐る恐るほこらを見る。
小柄な老人が座っている。
賢者とかぶる。
母さんの大切な何かが奪われる。
父さんが倒れ悲しむ母さんを毎日見てきた。
これ以上奪わせはしない。
そう思った俺はほこらを開け、
中の老人の胸倉をつかんで引きずり出した。
「あだ!」
老人はほこらの鴨居に顔面を打ち付ける。
「なにすんだ!」
老人は叫んだ。
あの小さな女の子ではない。
普通の老人だったことに俺は驚いた。
「はるま君!何するの?」
母さんも驚いている。
「えっと…対価は?」
「何を言っとる?賽銭か?
わしは趣味で天狗やってるだけじゃから賽銭ならこの先ですりゃええ」
「趣味で…天狗?」
このじじいは、何を言ってるんだ。
聞けば本当に暇つぶしでほこらの中に入って天狗ごっこをしているだけだった。
「すいません。本当にすいません」
母さんがひたすら頭を下げている。
「ええよ。ええよ。わしも、ほめられたことしとらんでな」
母さんにこっぴどく怒られながらその場を立ち去った。
一瞬でも天狗の噂を本気にしたこと、賢者と思ったことを恥ずかしいと思った。
ゆうなちゃんを見ると腹を抱えて爆笑していた。
「天狗つかまえてどうするの~!」
俺が何を考えていたのか、わかっててかわかってなくてか知らないがむかつく。
それから気を取り直して、ハイキングを楽しんだ。
久しぶりに何気ない日常を取り戻した気がした。
事件と言えば、
帰りのケーブルカーでゆうなちゃんが切符を無くして大騒ぎしたぐらいだ。
改札を通った後、母さんに渡すまでの一瞬で無くせるのは流石だ。
母さんとは駅で別れ、
しおりんを連れて自宅に向かった。
「天狗いなかったね~」
ゆうなちゃんが残念そうにうなだれている。
「天狗見たかったね~」
しおりんも残念そうだ。
二人とも本気で天狗に会えると思っていたようだ。
「天狗なんかいるわけないよ」
俺が言うとすかさずゆうなちゃんが笑った。
「知らないおじいさんを天狗だと思ってた人いるけどね~?」
勝ち誇ったような姉の顔に、
俺は「ふんっ」と鼻を鳴らして家の鍵を開けた。
父さんにただいまを言ってから手を洗っていると、
「きゃー」
リビングからゆうなちゃんとしおりんの叫び声がした。
急いで向かうとそこには、
三十センチほどの小さな天狗がいた。
賢者だ。
その瞬間確信した。
「オス!我等ってば付いてきちゃった」
軽い口調に一瞬確信が揺らぐ。
「賢者…」
「我等は賢者じゃねーよ。天狗だ」
ゆうなちゃんが興奮して近づく。
「天狗だ!やっぱり天狗はいたんだ!」
それをしおりんが制止する。
「ゆうなちゃん!危ないから近づいちゃダメ!」
ゆうなちゃんが質問する。
「なんで、ついてきたの?」
「ゆうなちゃん質問駄目!今のはお願いじゃないから叶えなくて良い!」
「別に答えてやるさ。我等ってばほこらがじじいに乗っ取られてよ?
住むところもないし、お前らについてったら面白そうな気がしてよ」
俺は焦って言い返す。
「今のはお願いじゃないからな!対価は払わねーぞ?」
天狗は言う。
「さっきからなんの話してんだ?」
「賢者の片割れだろ?」
「賢者?
ああ、あいつのことか。
片割れみたいな存在が賢者って呼ばれてることは知ってるよ」
「願い事に対価を求めるんだろ?
その人の一番大切な物を存在ごと消し去るんだろ?」
「なんだそりゃ。こえーな。我等はそんなことしないよ」
あっちの賢者とは全然違う存在なのか?
片割れは賢者だって言ってるけど、そもそも探してる賢者と違う可能性もある。
でも小さな天狗の存在は、絶対普通じゃない。
しおりんが不思議そうに聞いてくる。
「なに?はるま君さっきからなんの話してるの?」
ゆうなちゃんはテンションが上がって騒いでいる。
「ちっちゃい天狗可愛い~」
ここまで来たらしおりんに話さずには先に進めない。
今までのこと、しおりんに全部話した。
「なるほどね。
だからはるま君が大人になったり、
ゆうなちゃんがこんなに元気になったのね」
しおりんは驚くほど素直に信用してくれた。
いや、信用しすぎじゃないか?
「はるま君は毎日10時間ぐらい寝てて、あっちの世界で10日ぐらい過ごすのよね。
だいたい10倍ぐらいの時間が流れるのよね」
なんとなくはわかっていたけど、
そうして整理すると初めて会った時のシンシアが90歳だったのは9歳ってことだ。
俺は当時8歳だから約80歳だった。
「でも寝てもいけない日もあったよ」
俺が言うとしおりんは、
「それ、向こうの世界のはるま君はどれぐらい寝てたの?」
気絶して起きて…聞いてないから、
「知らない」
「こっちで起きてる時間が向こうでどう流れてるのかも知りたいな。
それも一緒に、誰かに聞いてみて」
「わかった」
しおりんがどんどん整理してくれる。
「頼れる。お姉ちゃんって感じだ」
ゆうなちゃんが頬をふくらませてる。
「私も行けたりするのかな?その世界」
しおりんが目を輝かせながら言う。
「俺たちもなんで行けるのかわかってないんだ」
俺は天狗をちらっと見る。
「ん?今のまんまじゃ、行けないな」
「じゃあ、俺たちはなんで?」
「そりゃ器…ってそりゃ駄目だ。たぶんそれ言うとわかっちまう」
「何がわかるの?」
「我等は約定で言っちゃいけねーことがあるんだよ。
ヒントになることは言えね~の」
ゆうなちゃんが正座してあらためて聞く。
「約定って、パパとってことだよね?」
「それは知ってんだな。
それも言っちゃ駄目な気がするけど、知ってんなら良いな」
もしかして、知ってることは教えてくれるのか。
知ってるふりして話したらもしかして……
天狗の空気が急に変わる。
「辞めとけよ」
「何考えたかわかるけど、約定は優しくねーからな。
舐めたことすると取り返しつかねーぞ」
「お前らはあいつの子供だから言ってやるけど、
甘えてっと痛てー目にあうかんな」
ぞくっとした。
やっぱり軽く扱って良い相手じゃない。
ゆうなちゃんが口を開く。
「パパと何があったのかも。教えてくれない?」
「我等は教えられねー」
「じゃあ、明日のテストの問題は?」
「それは教えてやれるよ」
しおりんが怒る。
「ゆうなちゃんそれは聞いちゃ駄目!」
「え~知りたいのに~」
しおりんは呆れたようにゆうなちゃんを見る。
そして天狗に向き直り、
「私がその世界に行くためには何が必要?
今のままじゃ無理ってことは知ってるのよ」
「だから、お前の器が空……って駄目だって言ってんだろそりゃ」
しおりんがお手上げのポーズで呆れる。
「何が約定かわからなければ聞くこと選べないわよ。
でもなんかちょっとだけわかっちゃったかも」
「器が空…?
眠ったナルって子の身体にゆうなちゃんが入ったのだとすれば…」
「あっ!」
俺とゆうなちゃんは同時に声を上げる。
天狗がしまったという顔をしている。




