第20話 はるまと祠
「パパ、いってきま~す」
ゆうなちゃんと二人で、線香に手を合わせる。
父さんに行ってきますを言ってから走り出す。
「ゆうなちゃん待って~」
精神的には俺の方がお兄ちゃんだと思っているが、
やっぱりゆうなちゃんは四年も年上、
走ると全然追いつけない。
「しおりん!」
親友を見つけてゆうなちゃんはさらに加速した。
ヒーヒー言いながら追いつく。
「ゆうなちゃん!前に言ってた天狗の噂覚えてる?」
「天狗?」
「なんでも知ってる鼻の長い妖怪がいるんだって」
「なんでも知ってるんだ!」
ゆうなちゃんは嬉しそうに驚いた。
たぶん父さんのことわかるかもとか思ってるんだろう。
そんなわけない。
そんな賢者みたいな存在が、
子供たちの噂で広まる程度なわけがない。
俺はそう思って呆れながら聞いていた。
父さんが自らを封印した。
ナルという見知らぬ少女を封印した。
『理を捻じ曲げる力』を持ち賢者と呼ばれた小さな女の子は俺たちに語った。
「厳密に言うとその男に会ったのは我等ではないのよ。
我等の片割れって言うのかしら、その約定が魂に刻み付けられてるのよ」
「他にも同じような人がいるってこと?」
「そゆことなのよ。あなた達の世界にいるのよ」
俺たちはあれから半年間、
賢者の言う『片割れ』を探し続けた。
手掛かりなんて何一つなかった。
それが今さら、
子供の噂話で見つかるなんて。
校門に差し掛かるとゆうなちゃんは、
「じゃーねーはるま君!」
と手を振りその先の中学校に向かった。
小学三年生になり、少しずつ同級生は成長している。
でも、やっぱり周りが子供過ぎるのがつらい。
ゆうなちゃんという理解者が出来たと思った。
でもゆうなちゃんが中学生になり、
俺はまた小学校でひとりぼっちになった。
学校の勉強は未だに恐竜が教えてくれたそれに追いついていない。
恐竜にももう十年会ってない。
会いたい…
どこにいるんだよ。
授業が終わり帰り道、ぶらぶらしてるとしおりんが声をかけてきた。
「はるま君!寄り道、駄目なんだぞ~?」
「しおりん。ゆうなちゃんは一緒じゃないの?」
「ゆうなちゃんはね。居残りだって~」
「二人は仲良いよね。
しおりんと一緒になってほんとにゆうなちゃんも毎日楽しそう」
「そうだね~なんだか妹が出来たみたいな気がするの。
本当はお姉ちゃんが欲しかったんだけどね。
なんかゆうなちゃん見てると妹も良いかなって、
色々してあげたくなっちゃうのよ」
俺は腹を抱えて笑った。
「ゆうなちゃんはお姉ちゃんって感じじゃないしね」
それを見てしおりんも笑いだす。
「ゆうなちゃん怒るわよ~」
「あ、そうだ。
明日の土曜日だけどさ。
暇だったら天狗が居るって山行ってみない?
すごい自然がきれいで、はるま君の大好きなかぶと虫もいっぱいいるってよ?」
森はそれ以上に怖いものをたくさん経験したから、
正直かぶと虫ではテンションが上がらない。
「わかった。ゆうなちゃんに話して連絡するね」
晩御飯の時にその話をすると、
「行きたい。行きたい~!
後でしおりんにメールする」
「山に行くなら心配だから、ママも行こうかな」
「は~い!」
母さんが思いついたように話し出した。
「あ、そうだ。
あのね。1年ぐらい前の話らしいんだけど、パパの口にメモを入れてたらしいのね。
それが無くなったんだって、何かパパの口から取り出したりした覚えある?」
メモ?なんで父さんの口に?
「覚えてないな~無いと思うよ」
「何が書いてあったの?」
「ママとゆうなちゃん、はるま君が待ってるよ。みたいな内容だって」
「あ!」
あの手紙だ。
魔王が消えた時、
地面に落ちていたあの手紙。
『ママとゆうなちゃん、はるま君が待ってるよ』
そんなことが書かれていた。
「なに?何か覚えてる?」
「い、いや学校であったこと思い出しただけ」
ゆうなちゃんが疑問に思って聞く。
「なんでそんな内容のメモをパパの口に?」
ゆうなちゃんにも言ってなかった。
あの日の出来事は、
あまりにも現実離れしていて、
その後の五年間で完全に忘れていたんだ。
母さんがつぶやく。
「そう、じゃあやっぱり…」
ゆうなちゃんが聞いた。
「それがどうしたの?」
「いや、なんでもないのよ」
それっきり母さんはその話はしなかった。
次の日、久しぶりに三人で家を出た。
いつも通り線香に手を合わせ、父さんに行ってきますを言う。
ゆうなちゃんと母さんに挟まれ両手で手をつなぐ。
この瞬間は小学三年生に戻った気がして嬉しかった。
昔はゆうなちゃんの向こうに父さんがいたんだ。
しんみりする暇もなく、
しおりんを見つけたゆうなちゃんが手を振りほどいて走る。
「転ばないように気を付けてよ~」
と言うが早いか、
ゆうなちゃんが盛大に転んだ。
「いた~い!」
「も~ゆうなちゃん。いきなり走るから!」
しおりんと母さんが同時に呆れながら言う。
電車に乗っているとしおりんが、
「ゆうなちゃんこれ食べる?」
とチョコレートを差し出す。
「ありがとう!」
と受け取ったチョコレートを俺に渡してきた。
俺はそれを受け取りながら、
「しおりん、ありがとう」
「どらやきもあるよ」
と言われると
「ありがとう!」
ゆうなちゃんは受け取ると、
当然のようにひとりで食べ始めた。
やっぱりどら焼きはくれない。
電車を降りてケーブルカーで山頂へ向かう。
そこからハイキングだ。
いきなり魔法を打たれる心配のない山道を歩きながら、
「平和って良いな~」
とつぶやく。
母さんが、
「なにそれ急に」
と笑っていた。
山道を歩いていると、ひとつのほこらを見つけた。
人が一人は入れるぐらいのほこら。
俺はこのサイズのほこらに見覚えがある。
身体が震えた。
もし本当に天狗がいて、
それが賢者の片割れだったなら……
「お願いごとでもする?」
母さんが俺に問いかける。
駄目だ。
賢者に問いかけては駄目だ。
あれだけ絶大な力を持つアリシアさんが、
なぜ賢者との会話をあれほど恐れていたのか。
それが不思議だったから、賢者を連れて帰る途中で聞いたんだ。
賢者は願いと引き換えに対価を求める。
差し出した対価がそれに見合うと判断されなければ、
その願いをした者の一番大切な物を存在ごと消し去る。
あの時のアリシアさんが、交渉に失敗した時に奪われたのは、
シンシアだったのか魔王だったのか。
アリシアさんはそれほどの思いをかけて賢者との交渉に臨んだ。
賢者を眷属にして何をしたかったのかはわからない。
でも父さんのことを聞くために手を貸してくれたわけじゃないのは確かだった。
対価に何を差し出せば良いのかもわからない。
代償を求められてからでは遅いんだ。
ほこらに手を合わせる母さんに向かって叫んだ。
「駄目だ!」




