第2話 はるまとぬいぐるみ
起きた瞬間、身体には十日分もの疲労が残っていた。
朝なのに、昨日の続きのように疲れていた。
もう何年もこの生活で成長してるはずなのに、これだけは慣れない。
疲れ切った身体を無理やり起こす。
起きた瞬間、今日が何日目の朝なのかわからなくなる。
普通なら、寝て起きれば一日が過ぎているだけだ。
でも俺の中じゃ10日経ってる。
たぶん、この感覚を誰かに説明しても理解してもらえない。
「ぎゃー痛い!痛い!」
足元で姉のゆうなちゃんが叫び声をあげる。
しまったふらついて踏みつけてしまった。
「ごめんごめん」
ふらふらと歩きながらリビングに行く。
うちの朝はパンだけど、ここ最近は朝食が本当に憂鬱だ。
疲れ切った身体にパンが本当にのどを通らない。
とりあえずコーンポタージュスープを少しずつ喉に流し込む。
「うめぇ~」
10日ぶりのまともな味が骨身に染みる。
「ママ~はるま君が踏む~」
ゆうなちゃんが遅れてリビングに入ってくる。
「も~ごめんって~」
「なんではるま君は毎日一番最初に寝るのにそんな疲れてるの?夜起きてるの?」
「起きてないよ。なんでかわからんよ」
「ママ~今日の晩御飯何~?」
「今日はカレーかな」
よし!
心の中でガッツポーズをする。
晩御飯を食べたらまた10日間ほどろくなご飯が食べられない。
カレーなら思う存分食べられるし大好きだからテンションが上がる。
「行ってきま~す!」
学校の授業は退屈だ。
九九だけじゃない。
歴史も科学も、俺が学校で習うことは全部、あいつが先に教えてくれた。
授業中は寝たいけど、やんちゃをすると不良になってしまう。
父さんが倒れたあの日の夜にそれは始まった。
夜寝ると一面草原に横たわっていた。
小学校1年生の俺は泣き出した。
「パパ~ママ~」
どうしたらいいかわからず泣きじゃくった。
ガサガサッ
「何?」
ガサガサッ…しのびよる狼に身が震えた。
次の瞬間、とびかかってくる狼に、俺は目を閉じた。
「辞めんか!」
恐る恐る目を開けると、狼の群れが止まっていた。
文字通り止まってたんだ、とびかかろうと宙に浮かんだまま。
「君は、はるま君か?」
聞き覚えのある声に、顔を上げる。
そこにいたのは、いつも俺の枕元に置いている恐竜のぬいぐるみだった。
でも、いつも見ていたはずなのに、初めて見る顔だった。
笑っているのに、
なぜか悲しそうな顔だった。
「は~なんてこったい。困った困った」
「だれ?」
なにがなんだかわからず確認する。
「君はここに来ちゃダメなんだがねぇ。
魔王様も困りなさる」
「ここはどこ?」
大好きな恐竜だったから安心した俺は少し冷静になっていた。
「ここはなんていうかの~頭の中の世界じゃな。夢の中とでも思っとくれ」
「なんではるま君のこと知ってるの?」
「…共通の知り合いがおってね」
「パパはどこにいるの?」
「それは教えられんのじゃ」
「パパに会える?」
「方法はある、じゃが今の君では無理じゃ」
泣いてる俺の頭をなでながら恐竜が差し出してくれたスープは暖かかった。
どんな味だったかは覚えていないけど、
暖かかったことだけは覚えている。
それから数日精神世界で過ごしたが、ある朝目覚めると現実だった。
もう恐竜に会えないのかなって思ってたら、寝ると戻ってきて安心した。
その恐竜は肝心なことは何も教えてくれなかったんだけど、
なぜか現実世界のことは色々教えてくれた。
「日本の首都は東京じゃ」
「……なんで知ってるの?」
「さあの」
恐竜は笑った。
当時から、それだけは妙に引っかかっていた。
知識はあるが、なぜ知識があるのかは教えてくれない。
初めて自分で火を起こしたんだ。
何度やっても消えてしまって、手は冷たく震えていた。
それでも最後に小さな火が灯った瞬間、「できた……」って呟いた。
恐竜はいつものように笑った。
「やっと一人前じゃな」
その言葉を聞いた瞬間、泣いた。
嬉しかったからじゃない。
褒めてくれる人がいることが嬉しかった。
ところがその次の日だった。
恐竜は指先から火を灯して見せた。
「最初からそれ教えてよ!」
怒る俺に恐竜は笑いながら言った。
「泣き虫はるまは何もわかっとらん。
自分で火を付けた男だから教えるんじゃ」
恐竜は意味があると言ってたけど、自分の努力が無駄だった気がしてむかついた。
でも、この頃からかな。
あれが出来ないこれが出来ないって言わなくなって、
なんでも自分でやるんだって気持ちが強くなっていった。
初めての狩りで、親子の動物を狩ったんだ。
「そりゃ不味くてな。普通は食わん」
「殺しちゃった…」
そう言いながら親子を埋葬しようとする俺を恐竜が怒鳴りつけた。
「食え!命を頂いた者の責任じゃ!」
俺は泣きながら食った。
それが親子を殺したことに対する涙なのか、
まずかったことに対してなのかは覚えていない。
「殺す覚悟が無いなら攻撃はするな。戦うのは食う獲物だけじゃ」
「わかったよ。食べるために殺す。殺すために攻撃する。簡単なことじゃないね」
震える手でそういった。
初めて雪が降った冬。
現実ではまだ小学生だった俺は、
その世界で四度目の冬を迎えていた。
不思議だった。
ついこないだまで泣いていた場所なのに、
いつの間にか帰る場所になっていた。
精神世界では何年も生きている。
剣を覚えた。
狩りも覚えた。
なのに鏡を見ると、
そこにいるのは小学校一年生の俺だった。
成長したつもりで何も成長していないと感じる自分がそこにいた。
パパが言ってたな。
自分が子供だって思い始めたら大人の入り口だって。
そういうことなのかな。
そしてこのころになると、恐竜は少し黙ることが増えた。
それからもしばらく恐竜との生活が続いた。
現実世界で半年経ったころ。
俺の中では、もう5年が経っていた。
「父さんに会いたい」
恐竜はこの話になると黙る。
少し沈黙が続いた後、
「会う方法はある」
「どんな方法?」
もちろん俺はくいつく、知りたくてたまらない情報だ。
「ふ~、魔王様を倒せば会えるよ」
「魔王って?」
知識は増えた。
でもゲームも漫画も無い生活だったから、魔王なんて言われてもさっぱりだった。
現実世界では、精神世界で出来ない身体を鍛えることに時間を使っていた。
「世界征服をたくらむ魔王を倒すのが勇者、それが王道かの」
「世界を支配したいの?戦争してる国の王様が魔王だね?」
「ま~似たようなもんかの。姫様をさらって妃にする魔王なんてのもおるの」
それなら知ってる!と俺は嬉しくなって言った。
「マリオのクッパだね」
「そうじゃの。クッパは大魔王クッパが正式名称じゃったかの」
「じゃー魔王って悪いやつだね?」
恐竜はいつものように笑おうとした。
でも、笑えなかった。
恐竜は少しだけ空を見た。
「……そうじゃな」
小さな声でまるで言い聞かしてるように言った。
「なんで倒さないといけないの?」
恐竜は精神世界のこと何も教えてくれないから、
「ん~そりゃ答えられんわい。
倒しゃーわかるよ。
どこにいらっしゃるかも答えられんでな。
自分で探せ」
次の日から精神世界に行っても恐竜は出てきてくれなくなったんだ。
孤独で泣いた時も、苦しくておかしくなりそうな時も
そばにいてくれた人が急に出てこなくなった。
いつも隣にいた声が、
突然聞こえなくなる。
世界が一気に静かになった。
その静けさが、何より怖かったんだ。
父さんが倒れた時と同じぐらい落ち込んだよ。
でも泣いてるばかりの頃の俺じゃない。
俺は恐竜が言った「魔王」を目指すために進むことに決めた。
草原から丘を越えたら海で渡れそうにないし、断崖絶壁は登れそうにない。
森を見ると、森の外からでもわかる何かいそうな雰囲気。
怖いので反対側の小川を超えて進んだ。
行けども行けども何もない。
何日も歩いた。
今日こそ何かある。
そう思いながら進み続けた。
でも、ふと立ち止まる。
この道は本当にどこかへ続いているんだろうか。
いや、あと少しだけ。
そう思って歩き出した時だった。
景色が変わっていないことに気付いた。
まさかと思い来た道を走って戻る。
すると、すぐ小川に出た。
「あ、進めてなかったんだ。この森しか行く道はないってことか」
数日間歩き続けた努力が全部無駄だった。
すげーくやしかったよ。
でも、魔王に会うために、俺は血豆が出来るまで歩き続けたんだ。
進む道は森に決まった。
正直森を後回しにしたのは行きたくなかったからだ。
あの森には何かいる気がする。
外から見ているだけで怖いのがわかる。
でももう避けられない。
父さんに会いたい。
魔王の先に父さんがいるなら、進むしかない。
明日こそ森へ入ると決意して、昨日はそのまま眠りについたんだ。




