↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輪廻回廊369  作者: ヴァネット卿
第一部 第三章 覚悟

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/117

第16話 おねえさんと狂いゆく世界

「病気の娘に『採血した彼の血液』を飲ませて治そうとした研究者を拘束した」

睡刻結界の発動から2か月が経ったころだった。

まだ私が、はるま君の冒険も、魔王という存在も知らなかった頃の話。


私は馬鹿だ。


不老不死。


その言葉が出た瞬間には、もう始まっていたんだ。


「一切起きることのない状態で、不老不死もないでしょう?」


しかし研究者は続ける。


「もしTC-001の細胞活動が解明できれば、人類最大の問題が解決する」


「TC-001は人類の希望です。私たちの研究など、その存在一つで意味を失う」


彼が全てだと言わんばかりの論調に恐怖を覚える。


そして、その可能性に世界中の富豪たちが狂ったように私財を投入している。


今や彼の存在は、政治も経済も、信仰さえも動かし始めていた。



そんな彼を、人々はそれぞれの価値観で呼ぶ。


科学者はTC-001と呼んだ。


富豪は賢者の石と呼んだ。


宗教者は神と呼んだ。


そして、絶望した人間は――救世主と呼んだ。


その妄想に救いを求める気持ちが、どこまで歪むのか。


それは、想像することすらできなかった。



彼を語る物語に『20年間隣にいた同僚』はいなかった。


彼の隣に20年いた私なら、何か特別な存在として扱われてもいいんじゃないか。


そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎった。


すぐに、自分でも笑ってしまった。


何を考えているんだ、私は。



実際には、そんな動きは全くない。


無い方がいい。


そう思っている。


思っているのに。


少しだけ、面白くないと思ってしまう自分もいる。


そんな自分に気付いて、また少しだけ笑った。



それからの1か月。

私は彼を守るための力を手に入れるため、あらゆる方法で上を目指した。


「彼に関する権限は、すべて私にあります。

何人たりとも彼と彼の家族を引き離すことは許可しません」


「しかし、それではTC-001を守ることが出来ない。

それは君もわかっているだろう?」


バンッ!

いらだった私は、ファイルを机に叩きつける。

その瞬間、部屋の空気が震えた。

「彼及び彼の家族の安全が最優先よ。

彼の自宅が危険だというなら周辺土地を買いあさって城壁でも築けば良い。

それをするだけの莫大な資金が今の第三研究所にはあるでしょう?」


「そんなこと国の力でも出来んよ」


私はいらだちを隠さずに怒鳴りつける。

「彼の家族には生きたいように生きてもらう。

それが出来ないなら国の管理下を離れるまでです。

今や様々な国が彼を渇望している。日本にこだわる必要すらないわ」


「そ、それは、、、」



それから会議ばかりが3か月程続き、

第三研究所、第六特務機関、第九分室は政府の手を離れることになった。


三六九機関と名付けられた新しい組織の書類にサインをした瞬間、

彼は研究対象ではなく、守るべき存在として扱われることになった。


もう政治にも、宗教にも、彼が関わる限り無関係ではいられない。


全てから彼を守るために、私自身も三六九機関も変わった。



ただ問題も大きくなった。


血液でさえ奇跡を起こせると思われた。

ならば、彼自身を取り込めば何が起こるのか。

そんな歪んだ発想が広がるまで、時間はかからなかった。


彼の肉を食べれば不老不死になれるという噂がささやかれるようになったのだ。


そんな噂が現実として語られるようになるなんて、少し前の私なら

「人魚伝説じゃあるまいし」

と笑っていただろう。


しかし噂は、やがて冗談では済まない熱量を持ち始めた。


家族にそんなこと言えるわけがなかった。


知ってしまえば、彼らは普段通りの生活を送れなくなるだろう。



機関内でだけでもできるあらゆる対策は講じた。


研究員の徹底管理。


全職員へのGPS装着、電話の傍受、そして互いを監視し合う体制を整えた。


自由を奪うためではない。

彼を狙う可能性のある人間を、事前に見つけるためだった。


そのためには、誰かを疑うことも必要だった。


彼を守るための組織が、少しずつ彼を囲う檻にもなっていった。


もちろん犯罪者のような扱いに不満は出たが、

研究対象が彼である以上、みんな最後は納得した。



不老不死を求める人たちが投じた莫大な資金によって、

私たちはこれだけの力を得た。


彼を危険にさらす力も、彼を守る力も、動機が同じなのだ。


不老不死なんて研究を成就させる気はないので、

少し騙した感じになってはいるがそれは黙っておく。


私は彼と彼の家族を守るためなら、

世界を敵に回して世紀の大悪党になってもかまわない。


きっと彼が選んだであろう道を、私も選ぶだけだ。



それから1か月程が経った頃から研究に変化が出た。


彼の身体には、生きている人間なら起こるはずの反応がすべて存在した。


食事をした時の反応。

身体を動かした時の反応。

睡眠時や起床。

苦痛も、快楽も。


すべてが、彼の中で起こっている。


ただし、それは我々の時間ではなかった。


彼の時間は止まっているのではない。


我々とは違う場所で流れている。


それがわかったところで、私たちは再び壁にぶつかった。


何も進展がないまま1か月、2か月と過ぎたある日の会議で、

とある仮説から身の毛もよだつ提案がされた。


彼には、生命そのものが外部からの変化を拒絶しているような現象が起きている。


がんに侵された臓器を彼へ移植するという実験だった。


それは彼を傷つけるための提案ではなかった。

誰も彼を憎んでいない。

誰も彼を道具だと思っていない。

ただ、それぞれが「正しいこと」をしようとしていた。


だからこそ、私は怖かった。


「万が一を考えればTC-001を失うようなリスクを負うことは出来ない」

結論として廃案になったが、理由は彼が1人しかいないことだ。

彼が5人いれば。

そのうち1人は、すでに実験のために失われていたかもしれない。


そんなことが現実に想像出来てしまう。


彼を巡る世界は、静かに狂い始めていた。



いらだちを押さえながらジョギングをしていると、

本屋で立ち読みするはるま君が視界に入る。


ある日のテレビ会議に彼は、

はるま君を抱いて寝かしつけながら現れた。


途中はるま君が泣き出し、数名が会議に集中出来ないという顔をしていると、

泣いてる子供と俺はセットだから会議をしたいなら我慢しろと言い放った。


彼に抱かれて泣いていた少年がもうこんなに大きくなっている。


「はるま君難しそうな本読んでるね」


「ひさしぶりだね。うん、冒険がしたくて」

冒険という言葉を聞いてこの子はやっぱりまだ子供だなと思った。


そう思いながらも色々な話をした。


「彼を神だと崇拝する団体同士が小競り合いしたりね」


しまった。


私はいつの間にか、彼を守る側の人間ではなく、

彼を巡る世界の話をする側になっていた。


そもそも小学二年生に聞かせる話じゃない。



はるま君は、きらきらした目で言う。

「勇者になる」

普通に聞けば子供の楽しい話だ。


にこやかに答えながらふと


私が魔王と呼んでいる存在。

その息子が、勇者になると言うのか。

「勇者になるなら、人を守る勇者になってね」

守る対象を自分で選んで欲しい。

国のため正義のための持ち上げられ義務のように魔王討伐に向かう勇者ではなく…



でもなんだろう。


彼は違和感なく聞いているし、私も違和感なく話していた。


小学二年生、父が居なくなって責任感が芽生えた?大人になった?


いやそんなレベルじゃない気がした。


「君に何も起こっていませんように」

私は祈るようにつぶやき、その場を去った。



気分転換に成功したのか、私の中にある一つの仮説が生まれた。


彼の肉体がどこか異空間のような場所とつながっているとしたら、

彼の肉体に与えた影響はその異空間にいる彼に影響を及ぼすのではないか?


「もし、もしそうだとすれば」

私の中に悪魔のような考えが浮かぶ。


すぐに我に返り頭を強く振る。


その考えを振り払いながら、別の方法を探した。


「何をすれば検証できる?現状でできることは何だ?

どこまでが肉体なんだろう?つながった境目はどこ?それを確認しなければ」


私はいてもたってもいられず、面会の予定を取った。


「明後日の日曜日、彼の家に行ってくるわ」

部下にそう告げるとその日はそのまま帰宅した。



彼の家でひとしきり現状の話をして、奥さんとたわいもない話をしていた。


彼が元気だったころの話をたくさんした。


ひどい二日酔いで仕事をして大失敗をしたこと。


彼がお人好しでビジネスで騙されまくってきたこと。


今は手のひら返して関係者が連絡してくることなんかも聞いた。



そして奥さんが来客対応で席を外した。


その時、ドキドキする胸を押さえカバンからメモを取り出す。


彼の肉体は“研究対象”ではなく“守るべき存在”だ。

一線は超えない、はず。

でも正しいことなのかはわからない。



メモ書きを彼の頬の内側にすっと差し込んだ。


指先が震えた。

これは本来、してはいけないことだ。


メモに付けられた紐を歯に結び付ける。


口の中が体内と定義されるのかわからない。


もしかしたら固定すれば良いのかもしれない。


ルールがわからないのでとりあえず固定してみる。


このメモが彼に届くのか?


それともこのままなのかわからない。


わからないがやることをやってみるしかない。



私がただの研究者なら、

彼の体内に何かを仕込むという悪魔のような手段すら、

研究のためだと正当化していたかもしれない。


でも私にとってそれは悪魔の手段、

彼を知るために彼の肉体を傷付けるなんて言語道断だ。



私は奥さんに挨拶をして帰路についた。


彼につながるかもしれない“細い糸”を見つけた気がした。


彼につながるかもしれない「可能性」を見つけたことで、

少しだけ心が軽くなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。