↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輪廻回廊369  作者: ヴァネット卿
第一部 第三章 覚悟

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/119

第15話 おねえさんと魔王

「現状、考えられるあらゆる検査を行いました」


「結果は、全て正常です」


医師が、そう言った瞬間、全員の背筋が凍った。


その場にいた全員が、その言葉を理解できなかった。


異常がない。

それこそが、最大の異常だった。



普段通り生きている人間と、何一つ変わらない身体なのに、

彼だけが、この世界の時間から取り残されている。


なぜ彼だけが、この世界の一部ではなくなってしまったのか。


何度も何度も検査した。


医者が首を振る。


研究員が言葉を失う。


機械の数値だけがあり得ない。


普通に生活している、至極まっとうな健康体としか言えない。


彼に何が起こっているのかわからないという結果報告だけの会議が続く。



仕事のパートナーだった彼が倒れて、一か月。


彼とともにあった私の居場所が消えた。



私や彼の家族が「睡刻結界」と呼ぶ状態になり、

目を覚ますことのなくなった彼を研究したいという声は、多方面から上がった。


やがて政府主導で研究を取りまとめるプロジェクトが立ち上げられた。


彼が元気だった頃の情報も必要になる。


20年間一緒に働き、

おそらく彼のことを一番長く見てきた人間として、

私に白羽の矢が立った、というわけだ。



私は、ほとんど迷わず契約書にサインした。


彼を守るため、彼の家族を守るため。


生活のために報酬に目がくらんだから。


一番は誰よりも彼を知っている存在でいたかったのだと思う。


そしてこの政府直轄の第三研究所、第六特務機関、第九分室で働き始めた。


今の私には、特別な能力なんてない。


彼のことを知っている。


ただ、それだけが私の価値になったことを私は誇らしく思っている。



今日も退屈な会議が始まる。


「まずTC-001の身体に――」


研究員に悪気はない、物のように扱っているわけではない。


それでも研究員にとって彼はTC-001だった。


私にとっては、20年間隣で働いた人だった。


くだらない冗談を何度も繰り返して、私が呆れるまで笑っていた人だった。


彼はただの面倒くさい同僚だった。


でも彼が笑うだけで、世界がどうでもよくなる瞬間があった。


そして家に帰れば、ゆうなちゃんとはるま君の父親だった。

今も。



ある日、ゆうなちゃんがくしゃみをした。


ただ、それだけだった。


彼は仕事を放り出して、その日のうちに空気清浄機を買ってきた。


娘の小さなくしゃみ一つで、本気で世界が終わるみたいな顔をする人だった。


だから彼は、どれだけ世界が騒いでも私にとってはただの父親だった。


いや違う。



あの時から私にとって彼は、父でも同僚でもなく、無敵の魔王だった。



「これやから女は使えん!」


経営者が部下を激しく叱責している。


「すいません。すいません」


私はべたつく髪と涙や汗でぐちゃぐちゃになった顔で謝り続けた。


20年前、私は新卒でシステムエンジニアとして働き始めた。


モニターの前で意識を失っている人。


栄養ドリンクだけが机に並んでいる人。


「帰ったら負け」という空気。


誰もそれを異常だと思っていなかった。


その職場は、誰もが疲れ果て、誰もが壊れかけていた。



3日ほど家に帰れず朦朧とする頭で同僚の修正したバグを上書きした。


バグが再発して事故になってしまい重大な障害を発生させた時だった。



「どない責任取るんじゃ!お前の給料で返せる損害じゃないんぞ!」


今から考えればどうしようもない。

こんな状況で働かされていたことも、

こんな状況でそんな大切なシステムを触らせていたことも、

全てがおかしい。


当時の私は何も言い返せず全て自分が悪いと泣いて謝るしか出来なかった。


五分、十分、時計だけが進む。


その時だった。


バーーン!

何かを机に叩きつける爆音がした。


「もうええでしょう。辞めじゃ辞め!」


そう叫んだのは、のちにゆうなちゃんとはるま君の父となる彼だった。


普段はニコニコと顧客の要望に応えている彼しか知らなかった。

それがうって変わって粗暴な振る舞いに私はびっくりして固まってしまった。


周りを見渡すと、ニヤニヤしている者もいる。


「なんや!何言うてんのや君」


「このくそ忙しいのにグチグチグチグチ、そんな暇なら帰らせてもらいますわ」

そういうと彼は帰り支度を始める。



誰かがパソコンの電源を落とす。


一人、また一人。


相談もなしに彼についていく。


経営者が驚いて尋ねる。

「何言うてんねん。許されるわけないやろ!納品はどうすんねん」


静かに、しかしもの凄い圧で彼は口を開いた。

「とりあえず1か月ほど休むんでスケジュール調整お願いします」


その場にいた全員があっけにとられる。


彼に同調していた他の人も、一瞬で彼の顔を見る。


「とりあえず1か月休んだらまた戻ります」

「もし1か月の休みを認めないと言われるなら戻りません」


「そんなことしたらプロジェクトどうするんや」


「勝手に進められるなら進めたら良いでしょう。

私が必要なら全員休みでもやってスケジュール伸ばしてください」

いつ切られてもおかしくない立場である派遣社員からの無茶苦茶な要求に見える。


それゆえ経営者から当然の通告がされる。

「そんなことしたらもう契約延長はせーへんからな」


普通なら、そんなことを言えるはずがない。

「それで良いんですね?なら次の仕事入れますんで戻ってこないこと確定しますが」

でも、彼には言えた。

いや、彼だから言えた。


「いや、それは、、、」


その時の彼は、無敵だった。


立場も、契約も、会社の都合も何も恐れていなかった。


そして、その無敵の力でプロジェクトに関わる全員が救われた。


「決めたら連絡ください。とりあえず私は休みますんで」


同調して帰ろうとしていた者達も帰宅していく。

「お疲れさまでした~再開の時期わかったら次の仕事入れる前に連絡くださいね~」


それから経営者はぶつぶつとひとりごとを言い続けていた。

1時間ほどして決意したのか顧客に電話していた。


「スケジュール延長が決まったから、全員休め」


そう言われた私達は有休や代休を許され休みに入った。


帰宅途中、居酒屋で馬鹿笑いを上げながら酔っぱらった彼の姿を見た。


駆け寄りお礼を言う。

「あ、ありがとうございました!」


彼はケタケタと笑いながら

「みんな休みたかったし、俺も休みたかっただけや」


あの人は、誰かを助けたことを誇らない。


自分が正しいことをしたとも言わない。


ただ笑って、ゲームの話を始める。


私を救った出来事なんて、彼にとってはその程度のことだった。


「ゆっくり休も~明日からゲーム三昧や」

とはしゃいでいたのを今でもはっきり思い出せる。


そして1か月後。

「普通の日常」を取り戻し元気に生きていた私達の元に、

彼はいつも通りの満面の笑みでなにごともなかったかのように戻ってきた。

「おはようございまーす」


その瞬間巻き起こる爆笑、経営者だけはうつむいていた。


「ずっとゲームしてたん?」


「そんな出来ね~すぐ飽きたw」


戻ってきた私たちは、彼を中心に必死で遅れを取り戻した。


結果として、延長して確保した期間を使い切ることもなく、予定通り完了した。



彼は、私が泣いていたから助けたかったわけではない。


私だけを特別扱いしたわけでもない。


きっと彼は、自分が許せないものを許さなかっただけだ。


彼はいつもそうだった。


私が彼を魔王だと思ったのはこの時からだった。


神は平等だ。


勇者は世界を守る。


でも彼は違う。


自分の意思で救う者も許さない者も決める――それが彼の魔王としての哲学だった。




私ははるま君が名付けた「睡刻結界」という彼の状態の呼び名が気に入っている。


父親の好きな漫画に登場する魔法の名前から取って呼び始めたものだ。


その魔法は、封印するだけで殺すことはない。


封印はいつか必ず解かれ、また戻ってこられる。


はるま君がその名前を選んだ理由は、きっとそこにあったのだと思う。



その存在の時を眠らせて、外部との干渉を受け付けない状態に封印する魔法。


世界から封じられたはずなのに、その存在だけは誰にも奪えない。


その漫画の魔王は自らにその封印魔法をかけ、

封印された身体を操り無敵の魔王となる。


その姿が、彼に重なった。

それは、彼の状態そのものだった。


彼ならば、何かを成すために、自らを無敵の存在へもするかもしれない。


もし本当に、

あの魔法のように、

自分を封印したのだとしたら。


あの人は今も、

自分の意思で戦っている。



私はそんな思いも彼の状態を示す名称としての「睡刻結界」に込めている。


彼が自ら時を止めたのならばきっとそれは彼の意思だろう。


そして彼はきっと無敵の魔王として、

何かをなすためにその力を振るったのだと私は信じている。




彼が目を覚ました時。

この世界を見て、何と言うのだろう。

神と呼ばれた自分を見て、何を思うのか。


彼が目を覚ました瞬間、世界は彼を中心に回ろうとする。


世界が彼を必要としても、彼は世界を選ばない。


世界が彼を許さなくても、彼は世界を選ばない。



私はそんな魔王に恋をしていたのかもしれない。


その特別な感情は、彼の結婚で行き場を失うかと思ったが、まったく消えなかった。


恋ではなく、尊敬、いいえ崇拝に近かったのかもしれない。


それでも私は、彼の隣には立てないし選ばない。


私は副社長や秘書、魔王軍の幹部じゃなくて、彼の世界を守る倉庫番だ。


倉庫番に戦う力はない。


でも、魔王の世界だけは誰にも触れさせない――それが倉庫番の役目だった。


『睡刻結界』で自らを封印した無敵の魔王。


彼が倒れ会社を去った私は魔王城を失った倉庫番だった。


夜も昼もなく仕事が無くても彼に帰れと言われても会社にいた。


あそこだけが、私が生きていていいと思える場所だった。


その場所を失った焦燥感は、はかり知れなかった。


でも気が付いた。

魔王城はあの会社でも、あの場所でもない。


私が守る魔王城は、魔王の世界そのものだ。


それが、倉庫番としての私の役目だ。


封印を解くのは、

勇者でも奇跡でも、まして神なんかじゃない、あの人自身だ。


だから私は待つ。

その日まで、倉庫番として魔王城を守り続ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。