第122話 ゆうなと勝利の条件
「これで終わりだ!」
はるま君の裏拳が羅刹さんに叩きこまれた。
吹っ飛んだ羅刹さんを追いかけてはるま君が飛んだ。
羅刹さんのはるか頭上から、はるま君が両膝で急下降して叩きつけた。
私ははるま君の勝利を確信した。
「はるま君が羅刹さんに勝った?」
しかしそう叫んだ瞬間には、はるま君の下に居たはずの羅刹さんが居なかった。
「はいな、終わりに致しますれば」
はるま君の背後から羅刹さんが回し蹴りを食らわせる。
「うそ!あれ?」
はるま君は蹴られた衝撃で顔から地面に激突した。
「まったくもうはるま様は、あもうございますれば…」
はるま君が起き上がらない?
「はるま君大丈夫?」
私ははるま君に駆け寄った。
立てないんじゃない、はるま君は泣いていた。
「くそ!」
はるま君が地面を拳で叩く。
「最悪だ。こういうミスをしてるうちは全然駄目だ!」
「はるま君は強くなったよ?大丈夫だよ」
「それじゃ駄目なんだ。
これがゆうなちゃんを守る戦いなら、
これでゆうなちゃんを傷付けられて俺の負けだ。
一戦一戦もっと本気にならないと」
魔王さんが歩み寄り、はるま君の前で膝を付きしゃがんだ。
「あせるなはるまよ。実際に今ゆうなを傷付ける者はおらぬ」
「でも、それぐらいの思いでやらないと!」
「それが無理だと言っておる。
どれだけ熟練して、本気の戦いを出来る者でも本気の戦いは出来ぬよ。
奴の嫌いな言葉に、死ぬこと以外かすり傷という言葉があるらしいがわかるか?」
「それは俺も嫌いだな。
家族が傷付くのに比べたら、死ぬことなんてかすり傷だ。
そもそも死にたいと思うほどつらいやつなんて、この世に五万といるだろ。
死ぬことが最大の苦痛だなんて、お花畑に生きてるんじゃないか」
はるま君が自分の命を軽んじてる気がして、私は胸がざわついた。
「それは死ぬ以上の苦難を知らぬ者の言葉よな。
しかし奴がこの言葉を嫌いだと言った理由はな。
乗り越えた困難がかすり傷になってしまった人間の言葉からだそうだ」
「ちょっと…意味がわからないな」
私には少しわかった。
「死にたいって思うほどの苦痛を与えられても、
その困難が目の前から消えた時に人はそれを忘れる。
それは仕方ないことだし人が生きていくためには必要なことだよね。
でもその言葉は同時に、
自分が忘れてしまった真の苦難を今経験してる人に、
忘れた自分の気持ちを押し付けることになる」
ゆうなちゃんにはそれがわかる人になって欲しい。
そうパパが言ってくれたことだから
「そうだ。はるまには今、
ゆうなが危険にさらされる危機感を再現することは出来ない」
「俺はゆうなちゃんが殺されるかもしれないって恐怖を覚えてる。
身体が覚えてるよ!」
「だが、その時のゆうなは助かったから今ここにいるのだろう?」
「あ、俺はゆうなちゃんが殺された未来を知らないからってこと?」
「ちと違うな。
真の恐怖はそれと対面した時にしか、
真の恐怖にはなりえぬということだ」
「本番だと思って練習に挑むなんてこと出来ないってこと?」
「まあ簡単に言えばそういうことだな。
だから気に病むな。
練習はあくまで練習よ。
練習の中で最善を尽くせるようにやればよい」
「練習で出来たことが本番で出来ないこともあれば、
練習で出来なかったのに本番出来ることもあるってことだよ」
「ゆうなちゃんが俺よりわかってる顔するのムカつく…」
「わかってるわよ!姉ですからね」
「しかし、はるま様の欠点がはっきり致しましてござります」
「なに?俺の欠点って?」
「ゆうな様を守るため、はるま様が命を落とされたのち、
ゆうな様がどうなるか想像出来ておられるか?」
「悲しむってこと?それはわかってるけど」
夜叉さんが大きな声で遮った。
「わかっておられぬ!」
はるま君はびっくりした様子で、黙って夜叉さんの話を聞いた。
「はるま様の死後、別の敵が現れますれば、
相打ちだと思った敵が起き上がってきますれば」
「ああ、俺が居なくなったあと守れないって話か…」
「はるま様が死ねば、ゆうな様を守る盾はなくなる。
その事実をゆめゆめ忘れませぬよう」
「そうだね…」
「それがわかっておられぬから、
私に止めを刺したあとの追撃に対応出来ぬのでござります」
「ああそうか、敵を全て殲滅しても、それが戦いの終わりにはならないってことか」
それを聞くと夜叉さんは、いつもの優しい顔ではるま君を見た。
「はいな。
命をかければ願いが叶うほど、この世界は都合良く出来てござりませぬ」
それを聞きながら私は、パパのことを思い出していた。
パパは勝利条件を満たし続ける自信があったから、自らを封印したんだろうか。
考えてもわからないし知ろうとは思っていないが、
やっぱり胸の奥にひっかかっていた。
それからはるま君の戦い方が変わったことが、はたから見ていてもわかった。
夜叉さんと羅刹さんを二人相手してもさばききっている。
「ゆうなはどうしたい」
魔王さんの問いに答えられない…
「私は…強くなりたいとかそういうのは思わない…
でも、はるま君を守りたいとは思う…」
「なるほどな…ならばこのような力はどうかな…」
戦う三人に向けて魔王さんが手のひらを向ける。
「なんだこれ!」
はるま君が急に俊敏になる。
いや…俊敏と言うより…
「うわっとっと!行き過ぎた!あれ?」
「天主様!これはちと訓練にならぬからして…」
羅刹さんと夜叉さんの動きは逆に鈍くなった?
いや、一瞬だけだ…すぐに二人は元の動きを取り戻す。
「酸素濃度ってわかるかい?」
「空気中に含まれる酸素の量?」
「そう、これは魔力濃度を狂わせている。
はるまの周辺の魔力濃度を限りなく高く、逆に二人の周辺は薄く」
「だからはるま君の能力が上がった?でも二人はすぐに戻ったよ?」
「ふたりは元より力を加減しておったからな、
私の邪魔を察知してその力加減を調整しただけに過ぎない。
今三人の戦闘は先ほどと比べればより高次元になっている」
「それを私が使えれば、はるま君の戦いを優位に出来る?」
「これは君達の得意分野だ。
ゆうなが使いこなせれば私など足元にも及ぶまいよ」
「君達?」
「神の知識を行使するもの、力の循環を操り、君は何を浄化する力を?」
それはきっと聖女の力のことだ。
知識の力、なるほど神の知識か…
「魔力!」
「それは好都合、魔力を浄化する力はコントロール出来れば操る力に化ける。
私が使う小手先の技ではなく、神に与えられ真に魔力をコントロールする力だ」
聖女の力はそれほどの…
私は力を持っても全然使いこなせてないってことだ…
「技術は教えてやろう。それを力に出来るかは…」
「私にしか使えない力だから、私次第ってことね」
私だけの力は私しか知らないから誰にも教えられない…
私が自分で乗り越えるしかないってことだ。
でもこれをつかめれば必ずはるま君を守る力になる。
「だがな…」
魔王さんはとても心配そうな顔ではるま君を見る。
「自分の身を守れることを第一に考えてやれ。
ゆうなが危険にさらされれば、あれは壊れるやもしれぬ」
それはそうかも…思い当たる節はある。
「そうだね。気を付けるよ」
そういう私に魔王さんは優しい顔で微笑んだ。
それから私は魔王さんから、魔力コントロールのレクチャーを受けた。
自分の魔力を操るのも難しいのに、大気中の魔力を操るのはとても難しかった。
突然、魔王さんが険しい顔になり私の頭を押さえつけた。
「伏せたまえ」
次の瞬間、大きな爆発に巻き込まれた。
「邪魔くさいのが来たようだ…」
私が頭を上げると、
私達の周囲だけを守るようにそれ以外の部分が抉れていた。
違う…何かが飛んできて魔王さんで防がれたんだ。
魔王さんの身体の形を中心に、大地と私達が守られていた。
これだけ広範囲に大地が吹き飛んだ威力を邪魔くさいって…
やっぱり魔王さんは余裕だなと思って振り返り私は驚愕した。
魔王さんの上半身が吹き飛んでいた。
「魔王さん!魔王さん!」
私は泣きながら魔王を呼んだ。
大丈夫か?という言葉が声にならない。
大丈夫なわけがない。
「ゆうな様こちらへ!」
夜叉が私をかばうように連れて行こうとする。
「魔王さん!」
私は泣き叫んだ。
夜叉さんが、私を担ぎ上げ走りだした。
「いや~!離して!パパが~!」
魔王さんがパパじゃないことはわかってる。
でもあれはパパなんだ。
理屈じゃない。
パパが眠ったあの日がフラッシュバックする。
私は再びパパを失う感覚に、錯乱した。
「とにもかくにも、ゆうな様の身が一番でござりますれば」
そんな私にかまわず夜叉さんは私を連れ去った…




