最期の挨拶
「選択肢はお前にあるんじゃねえ!」
ザビィの声が響いた。
「うるさ……いちいち大声出すなよ」
ノアは迷惑そうな顔をして小さく息を吐く。
本をソファに置き、ステラを向いた。
「ステラは、何が望み?」
「私はノアと本気でヤり合いたいだけ」
「メリットないだろ」
「そう言うと思ったから!」
「……なるほど」
ノアは妙に納得した。
「ハルトは?」
「最近、退屈だったからさ」
「そう……社員旅行とか企画するべきだったな」
ノアは両手を上げ、身体を伸ばした。
「おい、真面目にやれよ!」
ザビィが怒りで肩を震わせる。
ノアが脚を組み直す。
「ザビィ、お前は頭になって何すんの?」
「お前には関係ねえ!」
「てっきりニコを嫁にでもするのかと」
「な、な、何いってんだ!そんなことしねえし!」
「お前、レオンにビビってたもんな」
ノアは何かを思い出してニヤニヤと笑い出す。
──パァン。
乾いた音が響く。
ザビィの銃から煙が薄く上がった。
ノアの左腕からはじわりと血が滲む。
革張りのソファにポタリと赤く垂れる。
「黙れよ」
「危ないな……セレス、止血して」
眼鏡をかけた長髪の男がノアの腕を掴む。
セレスは大きく息を吐いた。
「……私を巻き込むのやめてもらえますか?」
「今のも避けれたでしょう」
傷口を確認し、白い布で強く圧迫する。
「僕が死んだら身体はセレスにあげる」
「よろしいのですか?」
「役立てろよ」
セレスは目を細め微笑んだ。
「では頭は寝室にでも飾らせていただきます。他は」
「役立てろって……」
ノアは呆れたように笑った。
「俺を……俺を無視すんなよ!」
「大目に見てよ。最期の挨拶だろ」
ノアは立ち上がり、イヴの前に立つ。
「じゃあね」
「ノア……ごめん」
ノアはイヴの肩をトンと叩いた。
「ねえノア、僕忘れない?」
白い髪、天然パーマの小柄な男が照れくさそうに笑う。
「ユーミル、何も言わなくても分かるだろ」
「最期の別れは共に過ごした仲間達と分かち合うのが定石だもんね。もちろん、僕は分かってるよ。ノアが本を読んでる間に僕達を観察していたことだってさ。もしかして、仲間に裏切り者がいるって疑ってたのかな?挨拶を始めたってことはもう疑いは晴れたってことでいい?」
「うん」
マキシムがガシガシと頭を掻きむしる。
「うるせえ!ユーミル!お前、早口でよく分かんねえんだよ!」
ザビィ以外の幹部がフッと笑い、空気が緩んでいく。
「ザビィも箔つけたいんだっけ?」
「僕の命、ムダにしないでよ」
ノアが笑顔で手を伸ばす。
ザビィがつられてノアに近づき、ゆっくりと手を伸ばす。
(……やれる)
扉が開く音。
「ザビィ、それ以上近づくな」
聞き慣れた声。
エクリプス最後の幹部。
「右手にナイフを持っている」
ノアの目が見開く。
伸ばした手を引っ込め、口元に当てがう。
「な、ナイフ?」
ザビィがサッと離れていく。
「レオンもそっち側か……今日はついてないな」
ノアはテーブルにナイフを投げた。
金属の音。
突然、吹き出したように笑い声が響く。
「あーっもう!レオン邪魔!」
「はい。俺の勝ち」
ステラがハルトに紙切れを渡す。
「カフェのドリンク回数券ゲット!」
「くやしいー!」
「人の命をドリンク回数券って……戦闘員はやっぱいかれてんな」
マキシムが引き攣った顔で数步離れた。
レオンがザビィの隣に立つ。
「すぐに椅子に縛れって言ったろ」
「さ、最期にって言うから…….」
レオンは本を開いて見せる。
ナイフや小型の銃がページの間に埋め込まれていた。
「……こいつ!」
「お前だって僕を殺そうとしてるだろ」
ノアは興味が逸れたようにソファに座る。
「ソファのマシンガンなら弾抜いてるぞ」
「……やりにくいな」
ノアはゆっくりと顔を上げる。
上着の胸ポケットのタバコを一度出し、少し考えてまた戻した。
「お前には消えてもらうぞ」
レオンは低い声で言い放った。
ノアはクスリと笑う。
「やってみろよ」
部屋の空気が冷えていった。




