9 気づいていなかったもの
周りの様子に気づいた担任が振り向きかけたとき、その場の雰囲気には場違いな朗らかな声がした。
「あらまあ!見違えたわねえ、転校生が来たのかと思ったわ」
校長は微笑んでピオニアの隣まで来て、頬を見た。
「やっぱりしばらくは腫れそうねえ。いらっしゃい、よく聞く湿布を持ってきたのよ。寮に戻ったら貼るといいわ。それにしても女の子も短い髪だと活発そうでいいわねえ。ハンサムで魅力的だわ」
校長はそのまま穏やかな笑顔で、担任にも「ね!そうでしょう」と同意を求めた。
担任が急に先ほどまでの勢いを無くしたのは言うまでもない。
校長はそのままピオニアを校長室に連れてゆき、事の顛末を記した手紙を今朝一番でピオニアの両親に送ったと告げた。
彼女は入学式のすぐ後に近い親戚の家でトラブルと不幸があり、関係者として長期で休んでいたという。
休暇中は教頭に一任していたが、考え方の違いか今回に至る出来事は彼女まで届くことなく、昨日職務に復帰して初めて知ったと、改めて謝罪された。
ピオニアに危害を加えた生徒についても確認中だという。
その子爵家の三男ジョヒム・ボッソ厶と伯爵家の五男エイマル・ロブコンスは共に病休で今日は登校していないらしい。
「あなたに嫌がらせをしているほかの生徒も調べる手はずでいるけれど、もし今後何かされたり、嫌なことを言われたりしたら、気を使わずにすぐ知らせて頂戴ね」
校長は名前が幾つも記されたメモをピオニアに手渡した。
皆この学校の教師、講師、事務や食堂の職員の名前だった。さっきの体育教師の名もある。
「そこに記されているのは、私の調べた限りでモンタンド家の顔色を気にかけない人たちの名前よ。私が近くにいない時はその人達を頼ってね。……ごめんなさいね。あなたのような理不尽を受ける子を守るのが大人の役目なのに、中にはそれができない人達もいるの。学校の中にも何人かいるのは問題ね」
たった一日の事なのに、自分の周りで色々な事や人動いている、とピオニアは感じた。
それから、きっとこれもまた元々普通にあった事で、自分が今まで気付いてなかっただけなんだ、と考える。
「あんな事件がきっかけというのが悔しいけれど、昨日から気がついたことが色々あります。………私を助けてくれる人、助けてくれてた人は、周りに何人もいたんですね」
気づかないで、少し自分を哀れんだりした事もあった。
それを思い出し恥じながらつぶやくと、校長は微笑んで、
「たくさんの人が、助けたいって思っているわ」
とピオニアの肩を抱きしめた。
教室に戻ったのは一時間目がちょうど終わった頃だった。
「お〜疲れ!ピオニア」
クラス総代が手を振る。
「ノートは取っておいた」
サリムがノートを広げ、自分の隣の席に着くよう促す。
「どんな嫌なこと言われたか吐き出しちゃって。皆でオヤツのお供にするわ」
そのノートの上にクラスいちお喋り好きな子が揚げ菓子をドドンと三袋も乗せる。一時間目が終わったばかりなのに。
「アアッァァお前!油染み」
「別に見えるからいいじゃない。ノートは昼休みでもいいでしょ」
そのやりとりの合間にも男女関係なく皆ワラワラ集まって、菓子の袋に手を突っ込み始める。
貴族の子息子女にしては砕けているが、実を言うとこのクラスの四分の一は元平民だ。
この学園では、入学が認められた天授魔法持ちのうち平民出身の子は一次的に貴族の養子になる。
卒業後もその関係を続けるか解消するかは各家によるが、円満に解消した場合、礼儀作法や身だしなみが身に付いていて良い働き口に着ける事が多いので、平民にとっては花道コースの一つだった。
このクラスの養子組は皆偶然にも伯爵家と子爵家に引きとられていて、爵位が皆ピオニアより高い。つまり元々貴族のピオニアがクラスで一番爵位が低いという珍しいことになっていた。
とはいえ養子組たちは気取ることも鼻にかけることも無く振る舞っており、自然と養子組以外の生徒達もそれに引っ張られ、結果、身分差を感じさせない学園一伸び伸びとしたクラスになっていた。
今のピオニアにはそれが救いだった。
四時間目終了後。
賑わいはじめた学園内の食堂から、すうっと話し声が途絶えた。
生徒達の視線は食堂の入り口に集まっている。
そこには、まとまってゾロゾロと入ってくる天授魔法クラスの一年達がいた。
集団で食堂に入ってくることがまず珍しく、その中にまるっきり見た目が変わったあの男爵令嬢がいるのである。
最初ピオニアは、いつも通り何となく一緒にいるようになったサリムと二人で食堂に行くつもりだった。
が、誰からともなく「私も行こ!」「あっ、僕も行っていい?」「行かない手はないな」と皆二人に付いてきて、気が付けばピオニアを囲む大所帯になっていたのだった。
列に並ぶその一行を見た数グループの女子達が「みんなでお座りなさいよ」とテーブルごと場所を譲る。
食堂にいる女子生徒達は、噂を知っている者も興味がなかった者も、ピオニアの姿と付き添うクラスメイト達を見て、彼らは守る対象だと自然に感じていた。
噂に乗じて何度かピオニアを揶揄ったことがある生徒達は気まずそうに顔をしかめ、この事態に自分は関係ないと同席している友人へひそひそ言い訳し始める。
席を譲ってくれた女子達に礼を言ったピオニアは、ふと視線を感じて食堂の二階席を見た。
公爵、侯爵の子息子女が使えるその場所から一同を見下ろしているのは、モイゼスと、取り巻きの中の侯爵家子息二人だった。
ピオニアが見返すと、彼は興味がなさそうな表情で奥に見えなくなった。
「あまり反応は無かったな」
モイゼス達の様子を見てサリムが囁いた。
「ええ。……あの場所からなんか叫ばれても困りますけどね」
答えながら、ピオニアも拍子抜けしていた。
意地悪い顔をされるだろう、くらいは考えていたのだが……。
伯爵家以下の取り巻き達は一階にいるが、今日は遠巻きだ。
顔の痣もそうだが、制服と断髪の威力は彼らにも効いたようだ。
効果は長続きしないだろうが、嫌がらせの回数は今までより減るかもしれない。




