8 ピオニア・バンガッセは屈しない2
その後サリムに送られて寮に帰ると、当然のことながら大騒ぎになった。
寮生たちは皆、内容の正確性はともかく昼休みにあった騒ぎを知っていて、さらに先に戻っていると思ったピオニアの姿がまだ寮に無いということで心配していた。
やっと戻ってた彼女を迎えに出てきた寮生たちは、その姿のあまりの変わりように呆然とたちつくし、中には泣き出す子もいた。
同じ寮の生徒たちはピオニアの人柄をよく知っている。今回も彼女が完全な被害者だと全員が分かっていた。
「とにかくここに戻ってきてくれて良かったわ」
三年の寮長が涙ぐみながらピオニアを抱きしめた。
驚かれるとは思っていたが、泣かれるとまで予想しておらずピオニアは戸惑った。
「あの、遅くなって申し訳ありません。り、理髪店に行ってて……」
そこまで言い訳すると、やあもううう!と何人かがまた泣きながら抱きついてきた。
この国では女性の髪型は短くても大体肩につく程度だ。
ピオニアが豊かに長かった髪を男の子のように切り落としてきたことは、彼女たちにとって大変な衝撃だったのだ。
「ピオニア、ピオニアったら……まるっきり男の子みたいじゃない!」
「それより早くほっぺ冷やしましょう。酷いわ、こんなの酷いわ。あんまりだわ!」
寮生たちが鼻をすすりながらピオニアを守るように囲み、中に入ろうとする。
慌てて振り向くと、副寮長に事情を話していたサリムは手を振った。
「明日の朝迎えに来るから」
帰りの馬車の中で、学園はしばらく休むのかサリムに聞かれていた。
正直なことをいうと休みたい気持ちが半分あった。
だがもう半分は、向こうの思い通りになってたまるかというのがあった。
それもあってのこの変身なのだ。
なので、明日も休まず行くと答えはしたが……。
「いえ、でも」
慌てて遠慮しようとしたピオニアに、寮長が首を振った。
「行くなら、明日はお言葉に甘えなさい。そうしてくれたら私たちも安心するの」
周りの寮生たちも一斉にそうよと言い出して、ピオニアは申し訳なさを感じながらも頷いた。
翌日、校門前でサリムとともに馬車から降りると、前日の寮ほど大騒ぎではないがやはりどよめきが起きた。
「誰?」
「うわ何?痣?」
「あの髪色って……」
「でも男子生徒の制服だぞ」
「えっ、あの顔って昨日の噂の?本当だったの?」
「ひどくない?あんまりだわ」
皆遠巻きで、揶揄ってくる輩はいない。
ここで視線に怯んでは、またすぐに都合の良い玩具にされてしまう。
サリムが前に出て皆の視線からピオニアをかばおうとしたが、ピオニアは胸を張り俯かずに顔をあげた。
お前たちの好奇の目など何一つ痛手にならない、と知らしめてやりたかった。
いつも通りの顔で、サリムと並んで歩く。
短い髪を冬の風が梳いてゆくが、それは意外と気持ちが良かった。
「サリム様。この髪型にして知ったんですが、この短さって寝癖なかなか取れないんですね」
「俺より短くなったもんな。俺は小さい頃は長めだったから、今が一番短い。ピオニアくらいにすると、もっと大変かもな」
サリムもすぐに合わせて返事を返す。
まるで馬車の中からずっとこの会話をしていたように、二人は教室までずっと髪型と整髪料について情報交換した。
廊下の途中ですれ違った担任がピオニアの髪型を見て唖然としていたのが目の端に入ったが、二人とも気が付かないふりをしてやった。
教室に入ると皆驚きで言葉を失い、一呼吸置いて質問攻めになった。
だが話しかけてくるクラスメイトの誰もが、言葉の最後で「またここに来てくれてよかった」と微笑んだ。
教室の外には案の定野次馬が集まりつつあったが、少し離れた所に座っていた男子生徒が無言でドアを閉めにゆく。
腹を立てたらしい野次馬が乱暴にドアを蹴ってくるが、彼は呆れ笑いで戻ってきた。
「アレで貴族なんてびっくりだよね。気にするな、すぐに飽きるよ」
そう言いまた自分の席に座り、昨日までと同じく趣味の本に目を落とし始めた。
ピオニアを積極的に気にかけてくれる者、時々言葉は交わすが特に親しくはない者。
そんな彼らが今はそれぞれ自分を守ろうとしてくれていると、ピオニアは改めて気がついた。
周囲からずっと嫌な言葉をかけられたし、嫌がらせの巻き添えにしてしまう可能性を考えて、クラスメイトとは自分から少し離れているところもあった。
ところがそうやって離れている内に、本当に味方がいないような気持ちに陥ってしまっていた。
あ、そうだ。全然一人じゃなかったのに。
とピオニアは内省して、そっと胸に手を当てた。
そのジャケットの内ポケットにも、先ほど馬車の中で受け取ったばかりの、一人ではない証が入っていた。
「君は一体どういうつもりだね。校長に信じられない我儘を言ったと思ったら、今度はそんなみっともない髪型をしてくるとは。しかもわざわざ痣をこれみよがしに!」
ピオニアはすぐに担任に呼び出され、職員室で立たされたまま説教を受けていた。
想定内だ。
ちなみにサリムが当たり前のような顔をして隣に立とうとしたのは予想外だった。
当然ながら教室に返された。
職員室で立たされている自分に他の教師達の視線が集中しているが、叱られながらちらちら伺うと、担任と同じくピオニアを咎める顔をしているのは数人で、ほとんどは担任を咎めている顔だ、とピオニアは判断した。
「数カ月おきに髪を染めるより数カ月おきに髪を切るほうが安いので、切る方を選びました。バンガッセ家は領地の管理他商業を生業としておりますが、受け持っている街の警団、また弟の学費もこの先捻出しなければなりませんから私の小遣いも多くありません。痣も理由は同じく、特に生活に支障の出る箇所ではありませんので費用のかかる魔法治療は避けることにいたしました。また頬を隠そうとしたら包帯で顔や頭のほとんどを巻くことになりもっとこれみよがしになります。それと私の髪型をみっともないとおっしゃいましたが、これよりもっと短い男性が沢山いらっしゃいます」
ピオニアはあえて直立不動で立ち、少し顎を上げてまっすぐ前を見て答えた。
自警団の関係で実家に出入りしていた騎士達の仕草を思い出し、確かこんな風……と真似しているだけなので、格好良く再現できているかは謎ではある。
「君は女だろうが!そもそも短髪の女ってのは金に困って髪を売る貧民や移民の類だ。端くれでも貴族なら女らしくするべきだろう」
ピオニアの口答えに担任はまた叱ってきたが、その声は担任の後方にいる女性の体育教師にも届いている。
彼女はピオニアまで短くはないがスッキリとしたボブヘアで、勝ち気そうな目をピクリと動かしたあと彼の後ろからピオニアに向かってゼスチャーした。
(がんばれ!こいつはあとで私がやっつけとく!)
おそらくそういう意味合いの仕草だ。
それを見たほかの教師たちが手元を押さえて笑いをこらえていた。




