7 ピオニア・バンガッセは屈しない1
サリムが騒ぎを知ったのは五時間目の授業が終わってからだった。
休み時間が終わってもピオニアが戻ってない事に気がついたが、授業を担当する講師からは「貧血でこの時間は保健室で休んでいる」と聞かされた。
が、そのうち他の教師がやってきて「早退だ」とピオニアの荷物を持ってゆく。
そして授業が終わった途端、別のクラスの生徒達がひそひそとしながら、やたらと教室の中を覗いてきた。
怪訝に思った同じクラスの一人が何事か聞くと、彼らは口ごもったり困ったような笑顔を浮かべた後、深刻な表情を取り繕い「人づてに聞いた」と前置きして昼休みの出来事を告げた。
「あの方達の取り巻きが、廊下の一部分を通行止めにして。通ろうとする子達をひどく脅したらしい」
「ほかの子にも通るなと伝えろ、でもあのピンク髪が来たらそのまま通せって言ったらしい」
「それから間もなく、大声で助けを求める声が聞こえたってよ」
「逃げてきた子、制服がひどく乱れて、あちこち破れたりしてたってさ」
「暴力を振るわれた跡もあったらしいぜ」
「―――ねえ、あいつ何されたんだ?」
「―――てか、どこまでされたんだ?なあ知ってる?」
同情を装いそう聞いてくる生徒の口元は好奇心を隠せていなかった。
サリムは彼らを押しのけて職員室に走り、担任を見つけて引き留めた。
ピオニアのことを尋ねると、彼は一瞬苦虫を噛み潰したような顔になったがすぐに笑顔を作り、ついさっき帰宅したと告げる。
この担任は生徒の家柄によって態度を変えるヤツだ、と思いながらサリムは外に出る。
校門近くに控えている各家の馬車の御者にピオニアの特徴を伝えると、皆、彼女の寮とは反対方向の商業街のほうを示した。
「なにか、荷物を抱えて歩いてゆきましたよ」
「何があったのでしょう。可哀そうに、あんなに頬を腫らして」
それから同じように通り過ぎる人に聞きまわり、一時間以上探し回った。
『それっぽい子があの店に入ったのを見たよ』と言われてたどり着いたのは、城下町の商店街にある一軒の理髪店だった。
店内にいる限りは身分の上下を持ち出さないこと、という独特のスタイルを通している個性的な店だ。
利用する客もそれを心得た洒落者が多い。
そのドアの窓ガラス越しに、アリュースリンク学園の制服の姿が見えた。
同じ年ごろの少年に見える。
丁度散髪が終わった所のようだ。さっぱりとした短い髪はピンクブロンド。
サリムは床を見た。少年の足元に同じ色の長い髪の毛が沢山落ちている。
大変なことが起こっている気がした。
胸の奥が痛いくらいに鳴っている。息が苦しかった。
ノブに手をかけると、店のドアベルが鳴った。
少年がこちらへ振り向く。
サリムがよく知っている、芳純な蜂蜜色の瞳が彼を見た。
「ピオニア……」
サリムの喉の奥から、乾いて掠れた声が出た。
校長から許可を得て借りた予備の男子制服をまとったピオニアは、背中まで長かった髪をバッサリと切り落していた。
どこから見ても男子生徒のようになっている。
――頬が、痛々しく腫れている。
「その姿は」
「奥の部屋で着替えさせていただきました」
「や……いや、そじゃなくて……」
首を振ったあと、ピオニアの腫れた頬を見てサリムは目を閉じた。
「ボケを拾ってくださってありがとうございます。サリム様、悲しい声になってます。大丈夫ですか」
「それは、俺があんたに言う言葉だ。………大丈夫か。違う、全然、大丈夫じゃない」
絶対大丈夫なんかじゃないと分かっているが、頭が働かずそんな言葉しか浮かばない。
この場合どう気遣うべきなのか、人付き合いがずっと苦手だったサリムには分からなかった。
ピオニアの眉がサリムと同じ八の字になりかかる。が、ぐっと口の端を吊り上げて笑った。
「全部が大丈夫ではありません。でも言われるまま全てを我慢しなかったから、半分くらいはすごい大丈夫です。だから大丈夫です!」
笑ってひきつったのか「いてて」と腫れた頬を抑える。
その後、なぜかサリムが「散髪代は俺が出す」と言い始め、そこからどちらが払うかで軽くもめたのだが、結局ピオニアが折れた。
店員と他の客達から「ボーイフレンドの顔を立てておやり」という宥め方をされてしまったのだ。
言われて気がついたが、店内にいる人達のサリムへ向けられる視線は微妙に冷たい。
店の奥に行って店長に支払いしているサリムの背中を見ながら、ラフだが小奇麗な身なりの年配利用客がピオニアを労わった。
「あのな、お嬢ちゃんな。ジジイ何があったか詳しく聞かないけれども。世の中いい人は他にも案外といるからな。女の子をこんんんんんなにも守れない男は早めに見限るのがいいぞ。な」
大変な勘違いをされている。
サリムが支払いや、おそらく事情説明なのか少し話し込んでから戻ってくるまで、ピオニアは彼らの誤解を大慌てで解いていた。
それでも利用客たちの彼への視線はまだどこか厳しい。
年配紳士に殊更睨まれて、サリムは少しこわばった表情になっていた。




