6 守られる彼ら
しばらく穏やかな日が続いてまた季節が少し進み、雪景色となった頃の昼休みであった。
借りていた本を返すため、ピオニアは図書室へと向かった。
雰囲気がおかしいと気がついたのは、図書室に近くなってからだ。
図書室は静かな場所に位置しているとはいえ、ほかの生徒の姿が全く見えなかったのだ。
嫌な予感がして戻ろうと踵を返す。
が、戻る道を一人の男子生徒が塞いでいた。以前ピオニアの胸を触ったジョヒムだった。
待ち伏せされたと悟った直後、後ろから抱きつかれてすぐ脇の空き教室に引きずり込まれる。
引き倒された時に見えた後ろの生徒も、モイゼスの取り巻きの中にいる顔だった。
ジョヒムがピオニアの上に伸し掛かり、彼女の顔を思いきり殴った。
意識が飛びかけたが、彼にスカートを腰までまくり上げられた瞬間、何をされようとしているのか理解して頭の中が真っ白になり、咄嗟に口を塞いでいる手を思い切り噛んだ。
「ってええ!」
後ろから押さえていた男子生徒が手を離した隙に、ピオニアは思い切り叫んだ。
「助けて!」
思わず怯んで離れかけたジョヒムの足の間を力一杯蹴る。
口から「オ°ェ゛」という不思議な音を出して跳ね転がるジョヒムを押し退け、ピオニアは空き教室から飛び出した。
廊下の通行止めをしていたガラの悪い奴らが消え、また奇妙な発音の悲鳴を聞きつけてちらほらと出てきた生徒達が、逃げるピオニアの姿を見て驚く。
ピオニアに乱暴しようとした二人は、その生徒たちの目を逃れてか追っては来ないようだった。
制服も髪も乱れたまま、彼女は職員室に駆け込んだ。
助けを求めて駆け込んだ職員室は騒然となった。
女性の教師が付き添って隣の応接室に連れて行ってくれた時、助かったとようやく力が抜ける。
力が抜けると、殴られた頬の痛みが遅れてやってきた。しばらくは腫れそうだと思った。
が、対応した教師に一連の出来事を話し、言いつけられてそこでしばらく休んでいる間に、雲行きは好ましくない方に流れていた。
「君が会ったという男子生徒だが、二人とも今日は図書室の辺りには行っていないそうだ。なによりそのうちの一人は体調を崩してついさっき早退したし」
応接室に入ってきた担任の中年男性がピオニアに言った。
しらばっくれるだろうとは思っていたが『会った』という言い方をされた時点で、ピオニアは嫌な予感がした。
「……え?」
「いや、まあ、あの子達は以前から何かと問題を起こしているから、きっと君の言い分が真実に近いかもと先生達はみんな思ってるよ。でもねえ」
いや、きっとって何だよ………。
そう思っていたら、そこから続いた教師の言葉が、ピオニアの心に突き刺さった。
「自衛しなかった君にも責任はあるよ」
自衛。
自衛ってなんだ。
「アレだよね。君等のあいだで流行ってる小説の素行が悪い登場人物と、君の髪色と家の爵位が同じなのが原因なんだろう?
分かっててどうして髪を染めなかったんだい?
爵位は仕方ないが、髪は対処できたじゃないか。
髪色が似ている女生徒は他にも何人かいるが、その子達は一部の生徒達が君を揶揄いはじめた頃に違う色に染めたと聞くよ。
そんな流れの中で色を変えないなら、誰かの気を引きたいんだと勘違いされる可能性もあるだろうに」
ほかの子が髪を染めてたなんて、そんな話知らない。
そもそも何でこちらが容姿を変えなきゃならないのか。
どうしてそれで気を引きたいという話になるのか。
「それと………そうだな。
ストッキングにソックスじゃなくて厚地のタイツを履けばいいんじゃないか?
素足のように見えるから男子生徒達も好奇心を持つんだろう。
そりゃ他にもストッキングの子はいるが、何しろ君はその髪色で変な印象がついているからね。
あと、これはあくまで確認だけど、その制服は学校から正規で出ているものだろうね?
稀に正規ではない店で作った制服を着る子もいるんだが、そういう所のは少し体のラインを強調する作りになっているんだ」
教師の話を聞いている内に、ピオニアの手は震えだした。
教師の言葉で、自分が少しづつ少しづつ、一番悪い色で塗りつぶされて行く気がした。
「私は、図書室に行こうとしていただけです。せ、制服も正規のものです。手直しなどはしてません」
落ち着け、落ち着け、とピオニアは心の中で自分に唱えた。
けれどピオニアの返答を聞いた担任が、まるで簡単な用事が済んだような顔と口調で、
「そう。じゃ明日からは気をつけなさい」
と立ち上がった瞬間だった。
『大丈夫』の壁が割れた。
「どう気をつけろっていうんですか」
立ち上がりかけた担任にピオニアは言った。
「なんで犯罪者ではなくこっちが悪かったみたいに言われるんですか。
染めろだのタイツだの、なんでこっちが変わらなきゃならないんですか」
「犯罪者なんて口が過ぎるぞ!いや別に君が悪いとは言ってない。女性なんだから自衛にやり過ぎはないと……」
「じゃあ!」
ピオニアは叫んだ。
「じゃあ私に男子学生の制服をください!スカートを履いていたらいつ強姦されるか分かりません!」
担任は口をパクパクさせて、次には気分を害したか顔をさっと赤くした。
「なっ、なんて言葉を君は!そもそもそんな非常識な」
「性別による制服の区別は校則のどこにも書いてませんよね?
自衛します!自衛させてください!お願いします!
スカートは捲るだけですがズボンはそうもいかないので強姦されそうになっても逃げだせる確率は上がります!
お願いします!自衛しますから!」
大きな声はやめなさい、と担任が叱ってもピオニアはお願いします!と大声で言い続けた。
年配の婦人が驚いた顔で応接室に入ってきた。
校長だった。




