5 不器用な申し込み
そんな知り合い方をしてから、ピオニアとサリムは暇があればよく話すようになった。
エメリエラに釘を差されたのが効いたのか、はたまた期末考査や単語や数学等の学内一斉テストでそれどころではなかったのか、あの日からひと月ほど経ってもモイゼスたちはピオニアの近くに寄って来ることはない。
またサリムがいるせいか、モイゼス達以外の男子生徒も聞こえよがしに嫌なことを言う者は減った。
減ったが、暇があるとほぼ二人で喋っているため『あの男爵令嬢が転校生の伯爵子息に狙いを定めたらしい』という噂は立った。
伯爵家の子息にしては珍しいことに、サリムもにもまだ婚約者がいなかったため、噂はまた尤もらしく広がった。
それでも、今までに比べたら全然痛くも痒くもない。
季節はもう秋の終わり。
雪が降る時期になると、冬期休暇前の大きな学園イベント粉雪祭がある。
二日間かけて行われるその学園祭は、生徒たちが行う出店や展示、ステージ発表、ダンスパーティーなどがある。
出店や展示はクラスごとだが、申請すればそれとは別に個人や仲間内でステージや出店などもすることができた。
ダンスパーティーは最終日の二日目で、カップルでも友人同士でも参加でき、生徒会や各委員、その他希望者がホールスタッフとなる。
パーティーといっても制服参加で、ホールスタッフは腕章をつける程度だ。
着飾って行われる学園内のイベントごとは、卒業記念パーティーだけだった。
ピオニアは一緒に出る相手も特にいないため、パーティーにはスタッフか、人員が足りて良そうなら不参加でいる予定でいた。
そこに数日前の放課後、サリムが、
「パーティーの本番まで、一回かステップの練習する?」
とピオニアに切り出してから「……あ」と少し目を泳がせて、
「ごめん。早まった。パーティーの、ダンス、俺とあれ、あの。組まないか?」
と逆の順序で申し込んできた。
まさか自分が誰かに申し込まれるとは思っていなかったので、ピオニアも勢い「あぇッ?ふぁ、はい」と何の緊張感もなく受けてしまうという経緯があり、予定外の踊る側で出ることになってしまった。
「けれどサリム様、エメリエラ様のお言いつけで私に申し込んでくださったのでは?ほかにちゃんとお相手を申し込みたいご令嬢がいらっしゃるのでは……」
探りでもなんでもなく、全くの本心からサリムにそう尋ねると、サリムは手を顔の前でひらひら振った。
「確かにあの日、エメ姉からあんたについているよう言われたけど。でも、それからあとは俺が自主的について歩いてる。あんたと話すのは楽しいから。パーティーとかダンスも、今まではあんま興味がなかったけど、あんたと一緒なら、出てみたくて」
そこまで言って、サリムはまたハッとした顔になった。
「ごめん。また早まってた。パーティー誰かと出る予定だったか?」
前髪で殆ど目元が見えないのに、慌てているのがサリムの口調と口元で良く分かった。
本当はスタッフか不参加で……という答えはしまい込んで「いえ!」とピオニアは首を振った。
「でも面白そうだから見るだけでもと思っていたんです。ステップはそんなに上手にできませんが……よろしくお願いしたします!」
サリムから相手役を申し込まれてときめかなかったと言ったら大嘘になる。
彼の口から参加したい理由を聞いて、胸の奥が不思議にそわそわと浮かれた。
自分のことを親友……そう、親友だ。少し特別な友人だと思ってくれているのかなと思うと、こそばゆくて目を伏せそうになった。
『特別な友人』という形の先をピオニアは無意識に頭から排除していた。
こうやって色々自由にサリムと話せるのも、学園にいる三年間だけだと、さすがに彼女もわかっているからだ。
そうして数日後の昼休み。
二人は変わりなく、晩秋のベンチで今日も光合成をしながら話し込んでいる。
「学校生活ってこんな穏やかな気持ちで過ごせるもんなんですねぇ」
ピオニアは虫よけになってくれているサリムへ、お礼に食堂で買ってきた一口スイーツのはちみつ味を差し出した。
サリム本人はただ一緒にいることが虫よけになっているという自覚がないので、何故スイーツを貰えたのか分かっておらず「ありがとう?」と首を傾げながらそれでもモシャモシャと食べ始める。
「――では、私からはスパイスティー、サリム様からはカップケーキ(蜂蜜味)と」
ピオニアは今日までに提出するカフェメニュー案の紙にそれぞれの希望を書き込んだ。
天授魔法クラス一年の出し物はカフェで、飲み物と食べ物を各三つづつ投票で決めることになり、今日がそのメニュー提案の締切日だった。
「本当は……蜂蜜の食べ比べがいいんだが」
「あはは、それだと予算オーバーになってしまいます」
苦渋の決断のような声を出すサリムに、ピオニアは困ったように笑った。
提出した案が通るとは限らないが、用紙に書くまであれこれ考える時間が楽しい。
急ぎの決め事が済んでしまえば、あとはいつもの趣味の話になる。
二人が話すことは大体魔法の事だ。
「私の天授魔法は、物が記憶した音を呼び出す魔法です。例えば……さっきまで雨が降ってたとします。そして今、その辺のごく普通の小石を拾って魔法をかけると、小石の周りで起こった雨音を聞くことができる、という感じです。でも聞けるのはほんの数秒だし、耳を近づけないと聞こえないほど小さいし、呼び起こす記憶の範囲も数分から十数分前というくらいで、何かの役にたつかというと疑問です」
サリムは興味深そうにピオニアの話を聞いていた。
「それ面白い。人の耳からではなく物側……あんたの例えで言うと、石側から感じる音というのを聞けるってことだよな。人間が聞く音と、何か違ったりするのか?」
言いながら自分で小さく何度も頷いたりするサリムを見て、ピオニアもふむと唸った。
「ああ……なるほど、意識して聞いたことはありませんでした。とはいえそこに気が付かなかったということは、あまり違いがなかったのかも……?でもまず音量が小さいので、もし能力を強めて音量を上げることができたら、何か違いが出てくるかもしれませんね?」
「俺の天授魔法は、何秒間かだけ物をまっすぐにする。例えば……失礼。ちょっと触るぞ」
そう言ってサリムはピオニアのウェーブした髪の毛を一房とった。
すると、その一房だけがサラリと真っ直ぐなストレートになる。
「はああッ、この髪質憧れです!」
が、それは十秒ほどたつとまた緩やかなウェーブに戻った。
「あああ……」
「ごめん。時間が過ぎたらまた戻る。アイロンより役に立たない」
アイロンという言葉で、ピオニアは先日借りたハンカチを思い出した。
返そう返そうと思って持ち歩いてはいるのだが、いつも何かしらタイミングがずれて未だ返せていない。
あの後洗って、強く付いたシワもアイロンで綺麗に伸ばした。
しかし『アイロンより』などと自虐したすぐ後に奇麗に伸ばしたハンカチを出して良いものかという迷いが生じ、結局この日も返しそびれてしまった。




