4 前髪が長い転校生
寮は、上位貴族向けのものは学園の敷地内に、それ以外のものは学園の徒歩圏内に建っている。
ピオニアが入っている寮はいくつかある中でも一番距離の遠い場所にあり、抜け道、裏道を早歩きで通って二十分程かかる。
寮費が一番安いとはいえ、徒歩圏内と言えるのかは些か謎だ。
当然ながら大きな道を行くともっと時間がかかり、ピオニアはその道を緊張した面持ちで馬車に揺られていた。
彼女は遠慮したのだが「従姉の顔を立てやってほしい」とサリムに頼まれ、何やら立派な家紋が入った馬車に乗ることになったのだ。
さてそうなったは良いものの、お互いに何を話していいものかと気まずい沈黙が流れていた。
ピオニアもそうだが、サリムもあまり自分から積極的に話すタイプではないようだった。
それでもこの馬車の主として務めを感じたのか、小さく咳をしてから「えーと」と切り出した。
「従姉の言葉は気にしなくていい。もし言い方がきつく感じたなら、それはきっとあの婚約者に怒っていただけだから。……その。あんた、大丈夫か」
サリムはじっと黙り込んでいるピオニアの横顔を見た。
前髪の奥の目は良く見えないが、不器用で無愛想ながら気遣いが感じられる口調だった。
ピオニアは頷いた。
「はい……あの」
そのまま改めて礼を言おうとしたが、言葉は続かず詰まってしまった。
一度落ち着つくと、怒りで麻痺していた別の感情が色々とこみ上げてきたのだ。
「申し訳ありません。悔しいって、思って」
「――うん」
弄んでいいモノとして扱われること。
拒否しても聞き入れられないこと。
それと……。
「エメリエラ様に、その……嫌な言い方をさせてしまったと、そう、思いまして」
『男の子は好きな子にほど意地悪をしたい』という流れにして、増長する男子生徒たちの頭が冷えるよう仕向けた。
男子生徒達がちょっとふざけただけ、という言い方にしないとあの場を収められなかった。
「私がうまく立ち回れなかったことが悔しいのです。そして、エメリエラ様があの人たちを逆上させない言葉選びをしなければならなかったのも……とても悔しいのです。あんな何人もの前に立って助けてくださったエメリエラ様は本当に、勇気があって、格好良くて。だから余計に、悔しい、悔しくて」
二人の仲が良好なのか冷えているのか分からない。
だがどちらにしても、自分の婚約者にあんな言い方などしたく無かっただろう……とピオニアは思った。
その状況を作り出してるモイゼス達にも、その状況にはまり込んでしまった自分にも情けなくて腹が立ち、ピオニアの目には涙が滲んでいた。
サリムは一瞬止まってから、制服中のポケットをバタバタひっくり返して、ジャケットの内ポケットからようやく皺になったハンカチを差し出した。
「本当に、理不尽だ。でもあの状況で戦ったあんただって、俺は勇気があると思う。あんたが自分を責める……なんというか、ほらあれ、あれ……理由?……理由は無い。あんたに非は絶対に無い。……あと、ありがとう。従姉のことをそういう風にさ、受け止めてくれるとは思わなかった。冷たい印象を、持たれがちだから」
「私に対しては、複雑な気持ちをお持ちだとは思います。でも、あの場から逃げ出せるよう取り計らってくださいました。冷たいなんて」
受け取ったシワシワハンカチで涙を拭く。
とてもよく知ってる甘い匂いがした。
学食で販売されてる一口スイーツのフレーバーのひとつだ。食べた後これで口を拭ったらしい。
「――サリム様、はちみつ味お好きなんですか」
「うん。……ん?え何で?」
「いえ」
元々人と話すことがそんなに得意ではないのか、サリムは口下手らしい。
「俺は最近まで隣国にいたから……流行ってる小説の内容は良く知らない。けど。物語の人物に似ているという理由で、誰かを苛めて良いなんて無い。そんなの、当たり前のこと。………それはきっとアイツらも知ってる」
彼はそこで一度ええと……と言い、言葉を探して指を膝のうえで動かした。
「知ってるのに、貧相な優越感の為に虐めをしてる。自分より下の立場には虐めをして構わない思ってる……そんなヤツが、それこそ物語の外にいることが信じられないし、従姉の婚約者ということにビックリした」
大丈夫か、この国。
サリムが最後にボソッと呟いた言葉に、ピオニアは思わずふき出した。
自分の発言がそんなに受けたのは意外だったらしいが、ピオニアが笑ったことでサリムは少し安心したようだ。
ピオニアを寮まで送る道すがら、彼は自分のことをぽつぽつ話した。
サリム・ノルテシュネー。エメリエラの従弟だということ。
子供の頃からエメリエラとは姉弟のように育ったため、今もほかの親戚の子達より仲が良いこと。
伯爵家の四男。家を継ぐ必要もないので、天授魔法でこの学園に入学するまでの期間、好きな分野である魔法を深く学びたくて隣国に留学していたこと。
一通り自分のことを話してから、サリムは「さっきの奴らのことだけど……」と切り出した。
「あんたが受けてる虐めについて、ご両親に相談したらどうだ。婚約者は領地に?」
サリムの問いにピオニアは首を振った。
「婚約者はいません。国の制度に任せることにしてるんです。天授魔法持ちだし、研究によっては王都に何年いることになるか分からないので」
地方出の天授魔法持ちは婚約者がなかなか決まらない事が多い。
ピオニアの言う通り、研究対象となる期間が持つ魔法の内容次第で変わるからだ。
天授魔魔法持ちの婚約者が女性だった場合は王都に出てきてそのまま共にに暮らすことが多いのだが、男性だった場合は仕事の関係や、人によっては女に都合を合わせる道理など無いと主張する者もいる。
そこで天授魔法持ちには、国の方で頃合いを見計らい結婚相手の候補を紹介するという制度が設けられていた。
とはいえ、必然的に王都でも余っている人員が選ばれる。
よっぽど性格に難ありな者は除外されるのだが、結果、研究所に入り浸り恋愛ごとにも身なりにも疎い研究オタクや、引っ込み思案すぎて今まで人と上手く縁を築けなかったという貴族の子息子女を勧められることが多いので、利用する者はあまりいない。
ピオニアの場合は、弟ができた時から国の制度を使うことを父親が決めていた。
「私が三つの歳に弟ができまして、その時に。学園に来るとき『相手が決まったらいちいち帰ってこなくていい、そのまま王都で暮らせ』とか言われてしまいました。弟は我が家にしては出来が良いので、父も後継ぎについては特に不安はないんでしょう。私の本心としては無理矢理結婚するより魔法研究所の研究員になりたいけれど、親的にはきっと早く片付いて欲しいのだと思います……あはははは」
特に家族仲は悪くはない。
紹介された人を好きになったのならこちらには気を遣わず自分の人生を第一にしなさい……という意味で言われたとピオニアも理解している。
この子実家から見捨てられてんのか………と解釈違いを起こしたサリムが哀しい顔になっていることに、ピオニアは気がついていない。
前髪が長すぎて。




