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男爵令嬢は屈しない  作者: 珈琲(こひ)
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25 様々な終わり また始まり

 ピオニアが目を覚ましたのは、きっかり十日後だった。

 明らかに寮より豪華な部屋でふかふかの寝台に寝かされていた。

 そっと首を動かすと、ベッドの横に簡易の机を置いて黙々と勉強しているサリムがいた。


「――サリム様?」


 呼びかけると、サリムはバッと顔を上げて驚いたようにピオニアを見つめた。

 深い孔雀色の双方が大きく見開かれていた。

 頬が少しこけていた。

 髪も乱れてモサついている。


 サリム様少し痩せました?

 ここってどこでしょう?

 あれから私どうなったんですか?

 耳の横が毛玉になってますよ?


 そんな疑問が浮かぶが、順序立てて言葉にする前に突然抱きしめられた。


「――ピオニア、ピオニア、おかえり」


そうボタボタと涙をこぼし始めたサリムを見て、ピオニアは自分がそれなりに危険な状態だったと悟った。


 ピオニアが寝かされていたのはノルテカッタ家の客室だった。

 倒れてから王宮のかかりつけ医に診察された後ここに運び込まれたらしい。

 

 天授魔法の授業で講師が説明した通り、保有魔力量より大きい力を捻出するためにピオニアの体はかなりダメージを負っていたようだ。

 とはいえ、目を覚ましてから再び診察を受けると、講義で例に挙げられた干物事案のような極端なものではないことが判明した。

 寿命を数年ほど削ってしまったが、そもそもが健康ですこぶる頑丈な作りなので、今回の分を引いても大きな怪我や病気をしなければそれなりに長生きはできるだろうと太鼓判を押された。


 サリムがピオニアの無茶を止めなかったのは、保有魔力過使用の結果を知らなかったからだった。

 祖国で魔法を学んでいた時はさらっと『してはいけません』程度で終わり、こちらの学園に入ってからはその授業で居眠りをしていた。

 その後復習もしていなかったとバレて、彼は罰則として大量の課題を出されてしまった。

 だが彼にとって一番こたえたのは、保有魔力過使用の例を改めて講師から(若干大袈裟めに)聞かされた時だろう。

 サリムは大いに取り乱した。

 ピオニアへの心配と自責の念とピオニアへの心配と心配と自責の念と、あとピオニアへの心配で、この二週間は時間が許す限りずっと隣で看ながら課題を片付けていたらしい。


 彼女の意識が戻らない間に、何人かの人生が変わっていた。


 あの後、モイゼスは離れた港町にある遠縁の所に下働きとして送られたが、その家からは翌日逃げ出したという。

 国外へ逃亡するつもりだったのか、出航直前のとある船に潜り込んだ所まではリッカードの影が把握したのだが、その先の追跡は不要となった。

 その船は漁の中でも殊更危険と言われる海域に出る漁船で、乗り込んでいる男たちは気が荒い者が多い。

 長期の過酷な航海の中では、ずっと隠れてはいられないだろう。

 運が悪ければ海に投げ捨てられ魚の餌、良ければあらゆる雑用係。

 航海の終わりまで生き延びることができたとしても、肉体的にか精神的にか、何かが壊れているだろう。


 取り巻き達もそれぞれ、心を入れかえて家の家業を下働きから学ぶ者がいたり、許されず勘当された者がいたり。

 ピオニアを襲おうとした二人組のうち彼女に股間を力いっぱい蹴られ負傷したジョヒムは、その経験で何かに目覚めてしまったらしい。

 勘当されてからまもなく、繁華街の裏道通りでも最奥に位置する区域にある、特殊な性的趣向のサービスを売りにしている店で客を取っている姿が目撃されたとか。


 もう一人のエイマルはピオニアの父イットイオに謝罪した後、家族から縁を切られた。

 が、両親は最後の情として『再び犯罪者に落ちる前に生きてゆく場所を』とイットイオに頭を下げ、イットイオの旧友が管理している他の自警団へ入ることとなった。

 彼の他にも、家から勘当された取り巻き達のうち希望した者は同じくイットイオの手配で知り合いの団へ見習いとして配属された。

 だがどれだけ遠い土地でも、そういった入団者の過去は付いて回るもの。

 バンガッセの兄ィ(あにい)とこのお嬢に不届きな真似をしようとした猿ガキ共、くらいの情報は本人達が現地に到着する前に届くはずだ。

 モイゼス程ではないだろうが、似たような境遇になるかもしれない。


 粉雪祭は予定通り行われた。

 ピオニアの回復を待ってからしたほうが、という意見が一連の出来事を見てきた生徒達の間から幾つか出たらしい。

 だがピオニアの意識が戻るのがいつになるか不明だったことや、目を覚ました後自分待ちで学園行事が延びていたことを知った時のピオニアの心理的負担を慮った結果だった。

 それを聞いて、ピオニアは学園の配慮に心の底から感謝した。


 もう一つ、意外なことがわかった。

 イットイオ・バンガッセとジャナルス・モンタンドはピオニアたちと同じアリュースリンク学園の出身で同じ学年、同じクラスだった。

 立場上卒業してから会うことは無くなったが、当時は仲が良かったらしい。

 宰相になるほどの秀才と、自警団大将も務めるガハハ系地方豪族にどんな気の合う接点が……とピオニアは首を傾げたが、倒れる直前に見た二人の様子はそれで腑に落ちた気がした。


 イットイオは学園から報せを受けた後ずっと校長やジャナルス、それとバンガッセ家等と連絡を取り合っていたらしい。

 総練習の日までピオニアには秘密にしていた理由を『大人に任せて勉学に励んてほしかった』と言っていたが、どうだか、とピオニアは思った。

 おそらく、断罪劇に僅かな綻びも生じさせないために、余計なことは言わぬようリッカードに口止めされていたのだろう。

 取り巻き達の自警団引き取り(合法私刑)がイットイオの主な役目――私憤が半分以上入っているだろうが――。

 


 十日も寝たきりだったため、体力が戻るまでピオニアはノルテカッタ家で世話になることに――というか、休みが終わるまでこの部屋で生活することが本人の知らないうちに決まっていた。


「気にしないで。あなたはわたくしの妹()()()()()()なのだから。暫定ね」


 リッカードと無事婚約を元通りにしたエメリエラは毎日にこにこしている。

 ――わたくし笑いすぎでしょう。こちらが素なの。でもこんなに毎日笑うのは子供の時ぶりで、ずっとほっぺたが痛いのよ……そう言いながら華やかな笑顔を見せている。

 エメリエラが嬉しそうに微笑む度、ピオニアはほわぁ……と貰い笑いになった。


「エメリエラ様の微笑みプライスレス」


 目覚めて四日目。

 リハビリに雪の庭を歩きながらしみじみとそう呟くと、付き添いのサリムが少しつまらなそうな顔になった。


「リッカードみたいな事言う」

「リッカード様のお気持ちわかります。エメリエラ様はお強い方だけれど、なんかこう私、外野の自分も前線に飛び出して守りたくなっちゃう」

「ましょうのおんなめぇ」


 少し前まで自分もエメ姉エメ姉と言っていたのに、とピオニアは内心面白くなった。

 少しいじけたサリムの話によると、リッカードは学生時代魔法を専攻しており保有魔力超過の反動を知っていたという。

 知っていて、モイゼスを追い詰めるために敢えてピオニアを止めず、止めさせようと走ってきた天授魔法の講師を影に命じて足止めさせていたらしい。


「使えるものは使う。さすが。エメリエラ様への愛の力というやつですね」

「ちがうピオニアそこ怒るとこ」


 怒るとこ、と言ったサリムは事実怒っていて、あれからリッカードに対して少し当たりが強い。

 自分の不勉強も原因にあるので四分の一くらいは八つ当たりが入っていたが。



 冬休みが終わる頃には、ピオニアの頬の痣は無くなっていた。

 どうしようか少し考えたが、制服は女子生徒用に戻した。

 戦う相手は学園から去ったのだ。

 登校には少し緊張したが、ほとんどいつも通り。いつも通りだった。


 ――あら、ほっぺ綺麗に治ったわね!


 時々知らない先輩から嬉しそうに声をかけられたり、安心したように微笑まれたり。そのくらい。

 サリムと二人で教室のドアを開けると、クラスメイトは皆あっという顔になった後、口々に「おかえり!」と笑顔になった。


「だだいま!」


 サリムと顔を見合わせたあと、ピオニアは照れくさく笑んだ。

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