24 茶番の終わり
今日は朝、昼、晩の3回更新します。
晩の26話が最終話です。
もうしばしお付き合いください。
ピオニアは手の上の学年章を握りしめ、その拳をモイゼスと取り巻きたちに向けた。
「私が今までされてきたことは、全てモイゼス様やモイゼス様の流した噂に便乗した方達によるもの。エメリエラ様は私が受けた嫌がらせに一切関係ありません。それどころかモイゼス様達に捕まっていた私を助けてくれた恩人です。……あんた達が私にしてきた嫌がらせは絶対許さない。そして自分達がしたことを全部エメリエラ様に被せて陥れようとしたこと、私は一番許さないからね」
モイゼスは目元を引きつらせながらピオニアの言葉を聞いていたが、途中から敬語が消えて『あんた』になると激高し歯をむき出した。
「許さないだと?思い上がるな!お前のような者に、お前のような下等な者にそんな権利は無いんだ!形ばかりの貴族籍しかない雌家畜が、身の程をわきまえろ!!!」
本性が剥がれ尽くしたモイゼスは怒り矛先を全てピオニアに向けた。
すぐ隣に立つエメリエラに対しては、無意識に視線も向けていない。
自分は弱者にしか噛みつけない小心者だと、このフロア全員に示したことに気がついていなかった。
「もうよい頃合いかな」
モイゼスがひとしきり喚き散らして息を切らせたタイミングで、聞き覚えのある男性の声とともに二階奥控室の扉が開く。
そこに人がいたとは知らず、ピオニアは驚いて振り向いた。
控室から現れたのはリッカードだった。
その後ろからひどく険しい顔になった年配の男性も付いてくる。
フロアの全員が慌てて礼の姿勢をとると彼は手を空けて楽にするよう告げ、悠然とエメリエラの隣に立った。
この場において誰よりも驚いていたのは、数秒前までピオニアを大声で貶めていたモイゼスだった。
「なっ……」
モイゼスのあとに付いて出てきた男。
この国の宰相である彼の父親ジャナルス・モンタンドは、階下で床に膝をついている息子を冷視したあとリッカードに対して頭を垂れた。
「停学中に多少なりとも自省することを期待しましたが、愚息にはそれすらも無理だったようにございます。殿下、本日の事をお知らせくださり、感謝申し上げます」
ジャナルス・モンタンドはリッカードの次にエメリエラとピオニアへ向く。
「あ奴がお二方に大変不快な思いをさせたことを謝罪いたします。特にピオニア・バンガッセ嬢。あれがあなたの名誉を傷つけ蹂躙し、入学してから今日までの大切な時間を奪ってしまった。誠に申し訳ない。息子をああまで戯け者にしてしまった私の責任です」
自分の父と同じくらいの大人、しかもどうやら宰相らしい人、モイゼスの父親………そんな人が自分に向かって頭を下げたもので、ピオニアは思わずヒェッと声を上げそうになり、慌てて首を振った。
悪いのはあれだけ屈折しているモイゼス様自身で、あの年齢になるまで自分で修正できるチャンスがいくらもあったのに、チヤホヤしてくれる人ばかり侍らせて周りに目を向けなかった本人の責任ではありませんか。お父上のあなたが突然現れて謝罪なさっては私もエメリエラ様も恐縮してしまいます。
そんな意味の気持ちがドドドドッと頭と胸に渦巻くのだが、結局うまく形にできなくて、
「ど、どうか頭をお上げください………!」
という言葉しか出てこなかった。
自分の目の前で宰相である父親が二人の女に謝罪したことが受け入れられず、モイゼスは食ってかかる。
「何をなさるのです!そのような者に……」
「黙れ!貴様にはほとほと呆れた。身分や性別で偏見を持つことは断じてならぬと、モンタンドの家に生まれた者ならば殊更だと幼い時分から言い聞かせていたはずだ。………そもそも貴様はもうピオニア嬢の事を格下等と罵ることは許されぬ。ピオニア嬢の天授魔法で主犯が貴様であると判明した先程、私は貴様を除籍するための書面にサインをしたのだからな」
ジャナルス・モンタンドはモイゼスを睨みつけた。
モイゼスは彼の口から出た言葉の意味がすぐ飲み込めなかったらしく、眉を寄せている。
ジャナルスはリッカードから話を聞かされ、また学園からの通告書を見た後に、彼を除籍、勘当する旨の書類を用意していたという。
サインの要否は、その後のモイゼスの行い次第と決めて。
リッカードから必要以上の干渉は禁ずると命じられたが、ジャナルス本人の気性からも過剰に庇う気は無かった。
――余計なことをせず大人しくしているのだな。よいか。心を入れ替えよ。
モイゼスに言ったあの言葉が、ジャナルスの父親としての最後の忠告だったのだ。
だが停学の原因は自分が流した噂だと疑わなかったモイゼスは、その言葉を拾いもしなかった。
停学明け早々に総練習の妨害を計画し、個人の尊厳を再び破壊しようとした彼は、もう貴族ではなくなったのだ。
「何を……言って……」
ようやく自分の立場を理解し始めたモイゼスは、乾いた笑いをこぼした後それでもまだ首を振った。
「エメリエラ……そう、エメリエラの立場も考慮すべきではありませんか?二度も婚約を破棄された傷物女にするおつもりですか」
「必死なところ申し訳ないが、エメリエラは婚約破棄など一度もされていないよ」
エメリエラの名誉を盾に保身を図り始めたモイゼスへ、それまで黙ってやり取りを聞いていたリッカードが口を開いた。
微笑んだ顔の目だけが笑っていないと、フロアの全員が感じ取る。
「政治的な都合で私との婚約が『白紙』。……という名目で、まあ結果としては『保留』になったのだよ。仮にも婚約者として、彼女のことやこの国、周辺国の出来事について何を学んできたんだ?破棄されるのはお前の方、お前と後ろの『その他』達だけなのだよ。モイゼス」
リッカードは続けて、モイゼスに向けて最高に優雅な笑顔を見せた。
「彼女の将来を案じているなら全く心配無用だ。お前の廃籍が決まった先程、同時に私達の婚約が成立してね。元々あるべき流れに戻ったのは、もしかして真実の愛の力かな。まるで流行りの小説のようだね。お前好みだろう」
大勢の目の前で企みを暴露され、蔑んでいた平民となり、最大のアクセサリーだった婚約者まで目の前で失ったモイゼスは、怒りに震えるばかりで言葉を失っていた。
この時点でもまだ、自分は不当に辱めを受けていると憤っているようだった。
リッカードの指示で、影たちが再び何やら叫び始めたモイゼスと取り巻きを別室に連れてゆくのを見届け、ピオニアは何気なく影たちが控えていた二階フロアの端へ目をやった。
そしてそこに立っている人物に気づいて二度見した。
その二度見による視界の揺れで、ピオニアは激しいめまいを起こし倒れこむ。
保有魔力量を超えて魔法を使い、限界になっていた体を気力で立たせていたのだ。
このめまいが引き金となった。
「ピオニア?!」
サリムに抱きとめられる。
彼やエメリエラ、他の令嬢たちの呼びかけてくるが、もう立ち上がれなかった。
薄れてゆく視界に、先ほどピオニアを止めようとした天授魔法の講師が駆け寄ってくるのが見える。
その後ろにジャナルス・モンタンドと、慌てる彼に大きく手招きされて奥から走ってくる二度見した人物、イットイオ・バンガッセの姿も。
何でお父様が。
働かなくなってきた頭がそこまで考えた所で、ピオニアは完全に気を失った。




