23 全力再生
ピオニアの天授魔法は物の周辺であった音を再生させること。
ほんの数秒から数分前の音を小さく再生できる能力だが、彼女は怒りをエンジンにして可能範囲を無理矢理拡大した。
『あのピンク髪、ピオニア・バンガッセだったか。お前たち誘ってみたらどうだ。どうせ男爵家の娘だ、きっともう男を知ってるだろうし。便利に共有できそうじゃないか』
『いーっすねー。モイゼス様はどうなさいます?エメリエラ様を召し上がる前の練習……へへ、じゃなくて前菜的な感じで。でもバレたら大変ですよね』
『ふん。爵位が高いだけの可愛げのない女だ。あのピンク髪が私にしつこく色目を使う事にしたら、幾らか女らしい顔も見せるだろうさ』
『嫉妬しますかねえ。エメリエラ様』
『するまで繰り返せばいい。あのすました顔が嫉妬で歪むまでだ。女は所詮知性ではなく色恋でものを考えるものだと自覚させてやるのさ』
得意げなモイゼスと取り巻き達の声が大きく再生される。
これはガゼボに落ちていた小石が溜めていた、数カ月前からの彼らの会話。
『あのピンク髪さ。男爵家のくせに勉強しいで、媚び系じゃねえんだよな』
『どうせそのうちどっかの男に胸も尻も触らせて股も開くんだから、俺たちが今触ったって同じなのにキレる意味がわかんねえ。ま、これは他の女どもにも言えることだけど』
『嫌がってたって、俺たちが念入りに触ってやってたらそのアイツも内気持ち良くなっていくだろ?』
『お、いいねえ。それは良い実験じゃないか?今後の女の扱いのために真剣に研究すべきだな。一日必ず一回は触ってあげることにすっか。オンナらしい体にしてやるんだから慈善行為だよな』
『いい感じの体になって俺達に媚びてきたら、モイゼス様にお渡しするって流れでいいでしょうかねえ』
『かまわん。誰がピンク髪の体をよく慣らすか競争したらどうだ?一番成果を上げた奴には私が賞金を出すぞ』
取り巻き達だけかと思われた会話に、最後にモイゼスの声が入る。
これはガゼボの次によく彼らが屯していた、講堂裏の古い木造階段に落ちていたもの。
彼らがふざけて乱暴に駆け上がったため剥がれ落ちた木の段のささくれと、古くなって抜けてしまった小さな釘。
『おいお前たち。ピンク髪を襲え』
『え?……えっ?』
『犯りたがっていたじゃないか。別にたかが下級女に何をしたところで罪にはならないさ。エメリエラがお前らに命じたことにしておくつもりだ。気高く哀れな公爵令嬢の頼みをきいて下品な媚び女を懲らしめた構図だ。お前達は味見ができるし、私は生意気に澄ました婚約者の手綱を取れる。誰も損しない。あん?おじけてるのか?………ああ、そういえば。先日お前らに貸してやった酒代と薬代は家の方に請求すればいいかな?』
『え』
『モイゼス様、あの時奢りだって……いえ。あの……い、家には言わないでください』
『えっと、どこまでですか。………最後までヤっちゃっていいんすか』
『どうなろうが構わん。ああ、後々の参考までにどこまでしたら壊れるか後で教えてくれ。肉体的にも精神的にも』
未だ学園を休んでいる取り巻き二人と、モイゼスの声だ。
小さなピンの中に溜まっていたもの。
一連のことはエメリエラが命じた、という嘘が次々とはがれてゆく。
ピオニアは目を薄く閉じ神経を集中していた。
周りの音はすでに聞こえない。
保有魔力量はもう超えていると思われるが、絶対最後の証拠まで再生してやるという決意のみで立っていた。
再生された会話のおぞましさにホール中が騒めき、ピンから記録が再生された時はモイゼスの取り巻き達も信じられない表情を浮かべた。
まさか今までの会話がすべて晒されるなど思いもしていなかったモイゼスは、表情が抜け落ちたようになっていた。
だがピンの記録の再生中には、血走った眼球がこぼれそうなほど目を見開いた。
「嘘だ!そいつが仕組んだんだッ!そんな、胡散臭い魔法を!」
そう叫んで彼は走り出し、階段を駆け上る。
「魔法をやめろ!ピオニア・バンガッセえええええ!!!」
魔法に集中しているピオニアにモイゼスの手が掴みかかるその時。
サリムはピオニアの前に出て、床を一回大きく踏み鳴らした。
その途端長い階段から段差が消える。
サリムが持つアイロン未満の天授魔法だ。
足元が突然まっすぐな坂となったためモイゼスの褄先は大きく空を掻いた。
勢いよく前に倒れて顔面を打ち、そのままホァアアアアアアア?!という驚愕の悲鳴を上げながら滑り落ちる。
魔法は数秒で効果が切れ、下まで落ちきる直前でモイゼスは段差に顎を強打した。
「ピオニアの天授魔法は物質の周辺で起こった音をただ再生すること。音の捏造はできない。だが再生内容の正確性は入試でも授業でも証明されてる」
サリムはモイゼスに顔を向けながらも、フロアの全員に聞こえる声で言った。
「今ピオニアが再生しているピンは、モイゼス・モンタンド。お前の襟についていた学年章だ」
一斉にモイゼスの襟へ視線が集中した。
モイゼスは自分の襟に手を当て、本来そこに付いているべき小さなピンが無い事に愕然とした表情になってゆく。
いったいいつから取れていたのか、彼は全く気がついていなかった。
ガゼボでのあの日。
ピオニアは気を失っているモイゼスの呼吸を確かめるフリをして、襟から学年章を拝借していたのだ。
学年章からは更に指導部でついた嘘と、エメリエラの悪い噂を流すよう命じて取り巻き達の数人から見限られた時のやり取り、その後改めて下位貴族たちへ命じた事実、ガゼボでのピオニアとの会話と無理矢理口付けしようとしたまでの顛末が流れた。
モイゼスは、膝をついたまま二階の面々を睨みつけた。
エメリエラは数多の証拠を聞き青ざめながらも、怒りと軽蔑を瞳にのみ湛えてモイゼスを見下ろしていた。
最後の証拠を再生し終わり、ピオニアは瞼を開いた。
再生中は他の音が聞こえなかったが、立ち上がれないでいるモイゼスと他の生徒達の様子を見るに、標的へダメージを与えることに成功したと分かった。




