26 それから
リッカードとエメリエラの婚約式が行われたのは、雪が溶けて若葉が芽吹く頃だった。
その頃にはピオニアの身辺もかなり落ち着く……と思っていたのたが。
二人の婚約式とその後のパーティーにはピオニアも出席した。
とはいえ招待状などは無く、ある日ノルテカッタ家に呼ばれてエメリエラ本人から「ピオニアも絶対出てね」と口頭で伝えられた。
本気なのか社交辞令なのか判断を迷っている数秒のうちに別室に連れて行かれ、採寸されたり好みのデザインを聞かれたり……。
そして当日は慌ただしいからと、前の日からノルテカッタ家に泊まり込むことにもなってしまった。
式の当日。
ノルテカッタ家で用意されたドレスは、好みを聞かれて素直に答えた通りエンパイアラインのものだった。
光沢のある薄いグレーのドレスはギャザーが多めに入っているが、膨らみすぎずピオニアの華奢さを程よく生かしている。
デコルテレースとパフスリーブで露出も少なく、胸下の切り替え部分に深い孔雀色の糸でぐるりと蔓葉の刺繍が施してある。
胸元には同色の石のブローチがついていた。
そしてまだ短い髪には、軽く艷やかな糸で作られた付け毛が用意された。
根本はピオニアの髪色と同じで、毛先にかけてグラデーションがかかり、徐々に銀髪になるよう染められていた。
また元々のピオニアの髪質と同じく緩やかなウェーブになっていた。
それをハーフアップに結い、そこにも孔雀色の石で作られた蔓葉の髪留めを飾る。
――これではまるで……。
鏡を見て喉まで出かかった言葉を飲み込もうとした時、ドアがノックされサリムが入ってきた。
薄いグレーをメインにしたジャケットの礼装で、胸元には蜂蜜色の石をタイピンに、カフスピンやラペルピンも同様の色石で作られたものを留めている。
長い髪も綺麗に梳いて自然に後ろに流しているので、いつもは隠れている顔と切れ長な深い孔雀色の目がしっかり出ていた。
顔が全面開放されたサリムの美形度が高すぎて直視するのがなぜか恥ずかしく、目を逸らしかけて気がついた。
彼の整えられた銀髪は、毛先にかけて桃色のグラデーションになるよう染められていた。
頬がかあっと熱くなる。
「つ、対……?」
飲み込みかけた言葉は結局出た。
サリムは微笑み頷いて、今までで一番力強く言った。
「つい!!」
会場では、もう顔見知りになってしまったエメリエラの両親公認で、後ろの方ではあるがノルテカッタ家の関係者席へ通されるなど緊張のし通しだった。
それでもエメリエラの無限の美しさを堪能し(リッカードは普通に王子様だった)その後のパーティーでたどたどしいながらサリムと踊るなどしてからバルコニーで一休みしていると、いったん気持ちが盛り上がった反動か、今度は心の隅が少し寂しくなってくる。
こんな風に衣装をこしらえてもらって、サリムと対の誂えでいても、越えられない身分差というものがある。
いつかこの夢も終わるのだ、と冷静になってくる。
飲み物を取って戻ってきたサリムは、バルコニーに肘をついて庭に目をやっているピオニアの、その寂しそうな表情を見つめた。
「ピオニアの考えてること、当てて良い?」
彼女の横に並んで、サリムは飲み物を渡しながら聞いた。
ピオニアは頷く。
「今までは考えないようにしてましたけど、もう気づかないふりはできませんから」
「――俺が今ポケットに入れてる指輪を出しても、身分差を理由に断るつもりだと思うから。もう二つ外堀を埋めさせて」
「ふたつ」
「うん。ふたつ」
「――え指輪?い、今?」
「そういう順序?」
サリムは笑いながらピオニアに向き直った。
「冬の休暇中に、祖国に手紙を出した。それで、王家を出て、この国の人間になる許可をもらった。他国とはいえ元王族ということで、卒業したら形ばかりだけど伯爵位をもらう予定」
「――え?え?!」
またピオニアの理解が追いつかないことが始まろうとしている。
「でもオレには後ろ盾がない。ということで、隠居しているエメ姉の父方の祖父の養子になった」
サリムはバルコニーの入口のほうを見た。
そこに一人の老紳士が立っていいた。
普段は少し離れた場所に住んでいるエメリエラの祖父は、婚約式が始まってまもなくに少し遅れて入ってきた。その後も気がついたら別室に行ってしまい、挨拶できずにいた。
彼はピオニアを見ると、少しやんちゃそうな笑顔で軽く手を振り、中に戻っていった。
どこかで見たことがある気がした。
「元気になったピオニアをちょっと見たいって、俺がここに戻ってくるとき一緒についてきたんだ。ずっと気にかけてたから」
「――どこかでお会いした気がします」
ピオニアが呟くと、サリムは頷く。
「一度ある。ピオニアが、髪の毛を短くした理容院で。俺が会計してたときにピオニアと話していた人。覚えてる?……ええと、いい男は他にもいる、ような事を言った人」
言われてピオニアは、口を大きく『あ』の形に開いて手を叩いた。
――女の子をこんなにも守れない男は早めに見限るのがいいぞ。
会計から戻ってきたサリムへ眉間にシワを寄せて目を向けながらそう言った、年配の男性だ。
「ピオニアに話しかけてる客がまさかの御隠居で、あの時はもう死ぬかと思った。ピオニアを送ってノルテカッタの屋敷に戻ったら、もう。めちゃくちゃしぼられて。その時から、あの方はピオニアの味方だ。もし俺が、だたこの国が気に入ったからここの人間になりたいと言い出したって、力は貸してくれなかったと思う。……式の後すぐ家族用の控室に行っちゃったのは、ピオニアに顔を見せるのが照れ臭かったんだって」
人の縁の巡りあわせの不思議な事。
年配客のまさかの正体にぼんやりそんなことを考えていると、サリムは「外堀の二つ目」と指を二本立てた。
「俺が伯爵になっても、まだもう少し身分を言う人はいると思う。なので、外堀というかお願いなんだけど、ピオニアも幾つかの家に養女に入ってほしい」
サリムの提案にピオニアはうっかり勢いで頷きそうになった。
「――え、いえそんな無茶な!それに、そんな都合よく」
「クラスメイトの子爵家と伯爵家に、もしもという形で話は伝えてある。即答で了解をもらった。ピオニアなら大歓迎だって。ラストはノルテカッタ家が君を娘に迎えるって。正式にエメ姉の妹になる。これで公爵家の娘。俺のお嫁さんとして『降りる』形になる。そうすれば俺達を気に入らない貴族たちがいたとしても、よっぽどな奴でないと簡単に文句は言ってこない。言わせない」
「お願いというか、もう完全に外堀ですよね!」
ピオニアの悲鳴のようなツッコミに、サリムは満足そうな真顔で頷いた。
こんなに自分に都合よく物事が進んでいいものだろうか。
この凄い流れに乗っていいのか。
でもこれって甘えじゃないのか。
あまりの展開に混乱し、落ち着こうとして両手を頬にあてる。
「都合のいい展開すぎて怖くなってる?」
その様子を見てサリムが聞いた。
「ええ……」
「じゃあここからは、みんなからの助けを借り終わった、そのあとの話をする。爵位をもらっても領地は無い。だから王都のどこかしらに勤めるタイプの伯爵になる。第一希望はピオニアと同じく研究所で働きたいけど……あ、外の仕事に就くか就かないかはピオニアの望むようにしてほしいと思ってる。で、俺がもし研究所への試験に通らなかったら第二希望は軍隊関係にするつもり。祖国で軍隊の真似事はしていたから。……軍と言っても幅は広くて、そんなに出世できなかったら……それどころか軍にも入れなかったら、上手に仕事を見つけられなかったら、場合によっては名ばかりの貧乏伯爵になる可能性もある。勿論そうならないよう頑張るけど」
「そんな!私の望む進路をそのままで考えてくださってるんですよね?それなら私だって、研究者になれたら幾らか収入が得られるはずです。なので……」
即座に出た言葉の中、ピオニアはそこにもう自分の答えがあることに気づいた。
顔が火照ってきたのは、いったい今日何度目だろう。
「――な、なので……もし、この先サリム様と一緒にいても、私は、後悔しないです。きっと」
小声になってゆくピオニアの言葉に、サリムは時が止まったような顔をしていた。
が、わたわたとポケットから指輪を取りだした。
その仕草はかつてハンカチを差し出した時とそっくりで、ピオニアはたまらず笑ってサリムに指を差し出した。
一緒に笑いながら、サリムはその指へ不器用に指輪をはめる。
型通りに膝をつく求婚も色々考えていたいた愛の言葉もすっかり頭から飛んでしまった二人だけの婚約の儀式は、こうして成された。
それから数年。
卒業後、二人は無事に王都の魔法研究所の職員となっていた。
サリムが当主となった伯爵家の姓は、ノルテカッタ家の名から一部もらってノルテピオになった。
自分とピオニアによって生まれた家だから妻の名から取って『ピオ』を入れるとサリムが譲らなかった事情がある。
クラスメイト達は同じく研究所に入ったり起業したりなどそれぞれの道を進んだが、皆それなりに人生を楽しんでいる。
卒業後も年に一度か二度集まったりなどして、途切れることなく繋がっている。
この数年間で変化したことの一つに、女性のショートヘア流行がある。
最初は保守的な者達からの圧力や粗探しがあったが、短い髪で颯爽と道を歩く女性達は徐々に増えていった。
サリムがあの理髪店に頼んで秘密でこしらえた、ピオニアの髪を使った直毛仕様のウィッグは、まるっきり流行りに逆行する形でできあがった。
でもピオニアはそれを気に入って、出かける時はよく付けている。
あの時のハンカチは、一緒に住み始めた日にそっとサリムのクローゼットへ戻された。
それに気付いているのかどうなのか、サリムは今も二人でデートする時にしかそのハンカチを持って歩かない。
<終>
これにて終了です。
お付き合いくださり、誠にありがとうございました。




