21 予想外の通告書
サリムとピオニアがガゼボから去って数分後のこと。
モイゼスが意識を戻した時、周りには誰もいなかった。
ピンク髪に無理矢理キスをされたという口実を作ろうとして、何者かに襲われたのはぼんやりと覚えている。
きっとピンク髪について歩いているエメリエラの従弟だ。
こんなことをして、あの女の親戚とはいえいつか家ごと潰してやる……と怒りが沸々腹の中にわいた。
が、それより胸の真ん中がえぐり取られたような気分の方が大きかった。
取り巻き達は連れず一人で動いていたから当然なのだが、気を失って目を覚ますまで、誰からも気づかれず地面に転がされていた事実に彼は少なからずショックを受けていた。
これだから下級レベルは使えないと口の中で毒づきながらも、そんな奴らに倒れている所を見られなくてよかったと喪失感を振り払った。
朝の事といい今といい、今日は運がない日だ………と機嫌が悪いまま帰宅すると、不幸はまだ続いていた。
珍しく早く家にいた父は、モイゼスが帰宅するなり彼を呼び出した。
そして部屋を訪ねたモイゼスが思わず入り口で立ち止まるほどの冷たい目で、学園から四日間の停学を言い渡されたことを告げたのだ。
意外だったが、自分が流した噂が教師たちの耳にも入り、そのまま聞き入れられてしまったのだろう……とモイゼスは思った。
「停学の理由は、言わずとも分かっているな」
父からそう言われ、モイゼスは苦笑いで肩をすくめた。
父はエメリエラの身代わりを名乗り出たことが気に食わないのだろう。
お下がり娘を自分の息子に落しつけられた挙句、罰まで身代わりとなったのだ。
もっと男としての矜持を持てとか、お人好しもいい加減にしろと言いたいのだろう。
だがこれはエメリエラに対して主導権を握るために必要なのだ……わかるでしょう?とモイゼスは目で伝えた。
父はモイゼスの仕草と表情を見て目の端をピクリと動かしたが、押し殺した低い声のまま続けた。
「停学だけではない。学園内でのこれからの行動にも規制が入っている。余計なことをせず大人しくしているのだな。よいか。心を入れ替えよ」
「学園内での規制?なんですそれは」
「自分で確認しろ。お前の部屋に通告書の写しを置いてある。停学があけるまで必要以上に部屋から出ることを許さん。食事も部屋でとるように。今からだ。とっとと行け!」
主に兄を第一にしている父だが、今日は殊更モイゼスの顔を見ようとしない。
父の部屋を出ると丁度入れ替わりで上の兄が来た。
普段は軽口の一つ二つ投げてくるのに今日は弟を見ても一言も発さない。
汚れ物を見るような顔で一瞥しただけだった。
――初子として生まれて祝福され、将来を約束され、全く面倒じゃない女まで手元に置く恵まれた御長男様には、所詮こちらの気持ちと苦労は理解できないのだ。
モイゼスは兄のその一瞥を憐憫を込めて見返した。
部屋に置かれた通告書には最初にモイゼスと取り巻き達の名前が記されており、その下に処分内容が続いている。
『上記生徒の生徒会への出入り、関りを禁ずる。モイゼス・モンタンドは生徒会長の任を解き、会長代理が決定するまでの期間は現副会長のエメリエラ・ノルテカッタが兼任する』
『上記生徒の粉雪祭への参加を不許可とする。会場への出入りも禁ずる』
『上記生徒の学園内においての所属教室、受講のために必要な移動教室、生理現象による衛生施設使用以外での不必要な移動を禁ずる。食堂の利用も不許可とする。昼食を持参できない場合は食堂で速やかに購入の後、教室での食事を許可する』
『また、上記生徒の始業前と放課後の全ての校内施設利用を禁ずる』
『期間は各上記生徒の卒業までとする』
『上記の事項に違反が見られた場合は更なる罰則が追加される』
予想より重かった罰則にモイゼスは呆然とした。
生徒会長の地位を取り上げられ、かわりが見つかるまでエメリエラが実質会長に、学園内では卒業まで教室以外の場所からほぼ動けないなど。
指導部は何をしているのだ。お飾りのような質問しかしなかったくせに。
確かに身代わりになると願い出た噂は流したが、嫉妬に狂った女に対する罰則にしては重すぎる。
だいいち『エメリエラの罪の軽減を願い出た』という噂も流したはずだ。なぜそれは聞き入れられていない。まさか軽減された結果がこれな訳はないだろう。
たとえ男爵令嬢を襲わせようとした罪が入っているとしても、相手は平民に毛が生えた程度でしかも女じゃないか。
公爵家の自分が受けるべき量刑ではない。これはあまりに理不尽すぎる。
モイゼスは通知書を握りしめ父へ訴えようとした。
が、ドアにはいつの間にか外から鍵がかけられており開かなかった。内鍵とは別個なので、モイゼス側からはどうにもできない。
「クソッ!エメリエラめ」
毒づいたモイゼスの中では、いつの間にか本当にエメリエラが嫉妬している状態へ置き換わり始めていた。
彼の中の小心……優しい言い方をすると『良心』が、噂を流したときからずっと頭の中で「仕組んだのは自分」とうるさく念押ししていたのに、それはもう隅の方に追いやられてしまっていた。
叩こうが喚こうが開かないドアを睨みつけることに飽きて、モイゼスは何となくまた通告書に目を落とす。
改めて見て気がついたが、処分を受ける生徒の名前一覧には、今朝モイゼスから離れていった者達の名前も記されていた。
「――校長の耳入ったのは噂だけで、怖じけた奴らの情報は間に合わなかったか。ッハハ。いい気味だ」
ひとしきり嘲笑ってたあと、まだ納得いってない顔で長椅子に転がった彼は、自分の罪状が本当は何であるか理解もしていなかった。
粉雪祭まであと一週間となった、週の最後の日だった。
この日は午後から総練習で、全校生徒が会場となるホールへ集まっていた。
総練習は備品のトラブルな換気などで手間取ったため開始が少々遅くなったが、それを除けばほぼ問題なく流れていた。
急に生徒会長を兼任することになったエメリエラも、落ち着いて全生徒に指示を出している。
突然の備品トラブル……今朝までメインの場所に配置されていた花瓶が昼過ぎにホールの裏で割れていたり、会場や飾り付けが汚されていた状態も、彼女は予測済みのようだった。
開始が遅れた分下校時間にずれ込んだが、それもようやく終わりが見えてきた頃。
昨日まで停学だったモイゼスとその取り巻きたちがホールに現れたのは、丁度そんな時だった。




