2 ピンクブロンドの男爵令嬢
地方下位貴族の娘であるピオニアが王都の名門アリュースリンク学園で寮生活を送ることになったのは、天授魔法持ちという特殊な体質に生まれたからであった。
天授魔法とは、この世界の人間が学園で学んで身につける水、火、土、風、の基本魔法、そこからの応用魔法といったものとは違い、稀に個人が生まれつき身につけている独特の魔法のことだ。
独特といっても、例えば手のひらくらいの量の土を数分間湿らせたりスプーンを数秒だけ先割れにしたりなど、ほとんどの天授魔法は何の役にも立たない内容ばかりである。
だが、その役に立たない謎の魔法が、いったいいくつの属性でどのように形成されているのか。
胎児の体の中でどの能力に何が起こって突然変異したのか。
またその魔法を応用して新魔法を編み出せないかなどという、様々な研究の参考資料として、天授魔法を持って生まれた者は王都の魔法科がある学園に入学することが義務づけられていた。
ピオニアも漏れることなく天授魔法受験生専用の試験を受け、研究に足る価値があると判断された。
入学する学校は試験の成績によって振り割られ、彼女は王都一と言われる学園の席を取った。
専用の試験と聞くと特別扱いされた楽な内容のように思われがちなのだが、天授魔法に関する質問事項が増えているだけで一般受験生とほぼ変わらない。
だが前記のとおり、一般生徒たちの中には天授魔法を持った受験生はずるをして入学していると認識している者が少なくない。
ところで王都ではある小説ジャンルが流行っていた。
ピオニアが入学する歳になる数年前あたりからである。
悪役令嬢。
婚約破棄。
断罪返し。
いずれの物語も内容は大きな流れでだいたい似ている。
美しい令嬢が、特出した才能を持つ下位貴族の娘に婚約者を奪われ、婚約者から多くの人が集まる前で理不尽に侮辱され婚約破棄を言い渡される。そこからさまざまな方法を使って冤罪を覆し名誉を取り戻すという内容だ。
主人公による胸のすくような逆転劇が人気を呼んで、いまだ人気の衰えない分野だった。
ただその数多ある物語に登場する憎まれ役の下位貴族令嬢は、ピンクブロンドの髪色と描写されることが多かった。
特殊な魔法力を持って生まれたため特別試験で入学を許された、ピンクブロンドの髪を持つ地方下位貴族の娘。
天授魔法で入学した者は身分を問わず他に数人いるのだが、偶然にもこの年は男爵家出身者はピオニアだけで、彼女は暇とプライドを持て余した一部の生徒達が求めるちょっとした玩具の条件にピタリとはまってしまったのだ。
「本当に存在するんだなあ、ピンクブロンドの男爵令嬢」
「うわ、目が合ったんだけど。まさかダーゲットにされてる?」
「さすが特別待遇試験で入ったレベル。頭も貞節も軽そうじゃないか。見た目からして」
ひと月前、初秋の頃。入学してすぐから見知らぬ男子生徒達に囃された。
すれ違いざまであったり、わざわざ教室に見に来て聞こえよがしに言う。
中にはわざわざピオニアの席まで来て、
「おい、お前。最初に言っておくが、お前がどう色目を使ってきたってこちらはお断りだ。よく覚えておくんだな」
そう意地悪い顔を近づけて凄んでゆく、その時が初対面の上級生もいた。
たかが物語が元なのにそこまで人を踊らせる『噂』というものの凄さを痛感するとともに、噂を信じるにしてもなぜ彼らは自分が『男爵令嬢』のターゲットになると信じて疑っていないのか、ピオニアはナルシストが過ぎる彼らの立派な自信に心底首を傾げた。
流行りの小説通りではなかったのは、天授魔法クラスのクラスメイト達と、同じ寮の生徒達が彼女に向ける反応だった。
小説の下位貴族令嬢に対するように煙たがることなく、ピオニアへの揶揄が酷い時は声をかけてそこから連れ出してくれるし、時には割って入ってくれる。
とはいえそれは至極当然のことだ。
ピオニアは目上への礼儀作法は一応心得ているし、男子生徒へ必要以上に接触することもない。
趣味は推理小説と魔法学とホラー小説と博物館見学と冒険小説と屋台スイーツとエッセイ小説と……と、恋愛ごとはランキング十位内からも外れてマイナス五くらい。
それよりもまず、彼ら彼女らは物語と現実の区別がついていたし、ピオニアの人となりもちゃんと見ている。
入試についての誤解をしたままの者も、それは学校の方針として、ピオニア個人とは分けて考えていた。
巻き添えを食わせてしまいそうな気がしてあまり自分から話しかけることはしなかったが、すぐ親に相談できない寮生活でも心が折れなかったのは、この部分も大きい。
問題は面白がってわざと小説を引き合いに出し、一人の下位貴族子女を貶める生徒達だ。
ピオニアに特にきつく当たるのは、宰相ジャナルス・モンタンド侯爵の末の子であるモイゼスと、その取り巻きの貴族子息達だった。
三年のモイゼスは成績と家柄で学園に君臨し、表立って逆らう者はいない。
黙って澄ましていれば絵に描いたような貴公子だが、性根はなかなかどうして悪辣だった。
ことピオニアに対しては何故か粘着的だ。
取り巻きたちに指示して、すれ違いざまに外見や性的な暴言を投げさせたり体を触らせる。
名前は出さないが明らかにピオニアを連想させる特徴を持つ人物の中傷を流す。
そしてモイゼス本人は自分の手足となって得意げに動く彼らの中心で、傲慢不羈に育った男児特有の薄ら笑いを浮かべていた。




