18 本気になってはいけないこと
情報共有し軽食を済ませたあと、少しダンスの練習をするともう夕刻であった。
エメリエラは屋敷お抱えの魔法治療師を紹介しようとしたが、ピオニアは、
「彼らに、誰かを傷つけてもすぐに治せると思わせたくないのです」
と申し出を断った。
ピオニアも本当ならすぐ消してしまいたい痣だが、自力で痣が消えるのにどのくらいかかるか、モイゼス達や今までピオニアをからかってきた者達に見せるつもりだった。
反省、改心するとは思わないが、どのくらいの時間がかかるか理解くらいはできるだろう。
それを聞いてエメリエラも納得したようだった。
ノルテカッタ家から辞する時、ピオニアはエメリエラへ向き直った。
「エメリエラ様。お手紙をありがとうございました」
今日の様々な情報に飲まれて言い出すタイミングを失っていたことだ。
それは髪を切った翌日、登校する馬車の中でサリムから渡されたエメリエラの手紙だった。
ピオニアを気遣う言葉とモイゼスを止められなかった詫び、モイゼスを油断させるため表立って動けないが自分はピオニアの味方であり、きっとピオニアを守ると記されてあった。
自分は一人ではない、と、ピオニアにとってどれほど心強く感じたことか。手紙は受け取ってからずっと、制服の内ポケットに入れている。
「どうかもう少し待っていてね」
エメリエラはピオニアの手を取りしっかりと握った。
きっと決定的な証拠というものが足りないのだろう、とピオニアは思った。
『エメリエラへの言葉の数々なと、所詮ものの分かってなかった子供の頃のことだろう』
『男爵家の娘への行いは少々やりすぎだが、どうしても婚約者の気を引きたくてやってしまった、他愛ないことではないか』
今のままでは、婚約解消をする手続きで関わることになる高位貴族の男性達は大方そう言うことだろう。
そして最後には、たかが地方の男爵家の娘にエメリエラ嬢が目くじらを立てることはないと、なぜか女の子二人がモイゼスを巡って争っている状態に置き換えられてしまうのも予想ができた。
低い身分の自分が関わっているせいで状況が安っぽくなり、エメリエラたちの計画の足を引っ張っているのでは?
と、帰りの馬車の中でボンヤリそんなことを考え始めた時だった。
「―――俺達から離れていこうと思ってる?」
不意にサリムに聞かれ、ピオニアは顔を上げた。
サリムは少し身を乗り出して、じっとピオニアの目を見つめながら、言葉を探し探し、言った。
「この言い方は……よい言い方ではないけど、なんというか……ピオニアの身に起こった事件は、エメ姉達の計画にとって強力な材料になっている。……身分のことは、気にしないでほしい」
「――そんな風に仰ってくださるということは、やっぱり私がいることで上手くいってない部分があるのですか?」
「勘がいいな」
サリムは微笑んで、上手くいってないと言うわけではなくて……と言葉を探して少し首を傾げた。
「それ……ええと、ピオニアへの接触や暴力ことな。それについて他人が一切混ぜ返せない証拠を見つけるべきと伯父上……エメ姉の父上が言ってる」
「ノルテカッタ卿が?」
「伯父上は、カメムシがピオニアへした事へも大層お怒りだ。エメ姉という婚約者がありながらというのも勿論そうだけど、それ以前に人として。君という一人の人間にした仕打ちに。だからカメムシをやる時は絶対ピオニアにした事も突きつけなければって。そのへんの情報集めが、あと少しかかるくらい」
サリムの口から聞いたエメリエラの父の印象は、ピオニアが思い描いていた上位貴族の年配男性とは違うようだった。
勝手な偏見はいけなかったと心のなかで反省しながら、ピオニアは頷いた。
確かに、離れるべきかとは一瞬頭に浮かんだ。
しかし自分をあんなにも受け入れてくれたエメリエラのために何か動きたかった。
「男爵家の娘という理由で揚げ足を取られるかもとは思いました。でも私は離れません。サリム様と一緒に、許される限りの間、エメリエラ様の助けになりたいのです。だから私の出来事を入れてもモイゼス様を擁護する側が覆せないくらいに補う何かができないか……考えたいんです」
ピオニアの言葉を聞いて、サリムは安堵したように一つ息を吐き、座り直した。
「俺も考える。もしかしたらリッカードも色々考えてるかもしれないし」
「ああ……ウワァ……」
リッカードが元婚約者に仕掛けたことを思い出して、ピオニアも曖昧に唸った。
「不敬罪に当たる覚悟で教えていただきたいのですが、リッカード殿下の力というか王家の力というか、そういう権力的なものでモイゼス様をこてんぱんにねじり潰すことはできないのですか」
「――俺は他国の王家のなかでも、ほら、補充要員枠の下っ端だったので詳しくないけど……ええと、あれ……権力の乱用になってしまう、のかも?あと、婚約を白紙に戻してモンタンド卿へ指名したのは王家の方だから……モンタンド家に、強く言えないんじゃないかな。『モンタンド卿は陛下の信頼は厚いけど、息子に関しては少し甘いところがある。ワカラセなければ』ってリッカードが……きのう目が笑ってない笑顔で言っていた」
「あ……それは絶対に何か作戦をねっておられそうですね……」
「ね。こわいね」
寮までの道でサリムと言葉を交わしていると、話の内容はともかく気持ちが不思議と落ち着いてくる。
でもこのような関係でいられるのも限られた間だけ、と心の中で何度も諭しながら、ピオニアは雑談するときは優しい形になるサリムの前髪の奥の目を見つめた。
ダンスの練習の時にずっと手を繋いでいたことや距離が近かったことなどが今更思い出されて顔が熱くなる。
――私はきっとサリム様のことを結構真剣に好きになっている。
他人事のように感じていた恋という感情に片足を突っ込んでいる。
成就しないってわかってるのに、生徒の期間だけで構わないから……いや、できればもその先までもっと、一緒にいたいという気持ちでいっぱいになってる。
バカだな、これではヒロインがいないだけで物語の愚かな男爵令嬢とおんなじじゃないか。
「ピオニア。疲れた?」
ぼんやりサリムを見たままになっていたピオニアは、かけられた言葉で我に返りあわてて首を振った。
頬の痣がまだ残っていて馬車の中も暗いから、顔が赤いのはバレていない。
きっとバレてない。
そう自分に言い聞かせた。
そんなふわふわ甘くて苦い気持ちを抱きながら眠った翌日。
登校してすぐ二人の耳に入ってきた話は、その気持ちが吹き飛んでしまうような内容だった。
昨晩、実は二人それぞれ見てしまった少し口に出しづらい程度に大人びた夢の中身すら、頭の隅へ追いやってしまうほどに。




