16 聞いていい話ですか2
その後の二人の話を聞くと、モイゼスがエメリエラの事情を知ったのは婚約した後だったという。
「分別がつく年頃になったら事情を話すつもりだとモンタンド侯爵は仰っていたのだけど、彼はそれより早く……きっと使用人の噂話等で知ってしまったのね」
婚約を結び直してから何回目かの、ある日のお茶の時間。モイゼスは深く傷ついたような顔をして現れ、エメリエラを見て溜息をついたという。
「けっきょく、またおふるか」
言われた時、エメリエラはその言葉の意味が分からなかった。
この日着ていたワンピースは、二つ年上の親戚が「拵えたけど袖を通す機会がなかったの」と譲ってくれた、流行りに左右されない上品なデザインの物だった。
――正式にはお古ではないけれど、やっぱり少し古風に見えるのかしら。でも、今までお下がりを着てここに来たことはないのに『また』とはどういう意味かしら。
そう本気で考え続けて、何日かしてから、自分が『お古』と言われたと気がついたのだ。
大好きなリッカードと引き離され傷付いていたにもが関わらず、その言葉を受けて彼女はモイゼスに「自分はちゃんとあなたと向き合うつもり」と伝えようとした。
ところが、次のお茶の日に会ったモイゼスは笑顔だった。
「よく考えたら、おふるとはいえ王子のものだったおんなをひきうけるんだ。兄上のこんやくしゃよりレベルがうえだったんだよな。きみ」
意気がった男の子の言い方にしても度が過ぎている、とわずか八つのエメリエラでも思った。
そして彼女はもうモイゼスに歩み寄ることを止めたのだ。
「浮かれて口から出た言葉だから彼は覚えてもいないでしょうし、今話題に上げても『子供の頃の事を』と適当に流されるでしょう。嫌だと言って婚約を解消できるわけもないから、必要以上に関わらない人生にしようと思ったのだけど」
エメリエラはそこまで言い、ほんの少し不愉快そうに眉を動かした。
かわりにリッカードが話を引き継ぐ。
「ミリーがあまりに淡白に接するようになったので、焦ったんだろう。ミリーの事は嫌いではなかったらしい。恋愛感情からなのか自己顕示欲からなのかは分からないが。慌てて気を引こうとし始めた」
子供の頃はプレゼント。
可愛くラッピングされたお菓子や人形だった。
おんなはこんなもんが好きだからな、という言葉も毎度添えて。
それでもエメリエラが最低限の作り笑顔と型通りの返事しか返さないでいると、学園に上がる年の頃にはモイゼスは他の方法……浮気で彼女の気を引こうとしてきた。
ところが、エメリエラの耳にも彼と何人かの令嬢との噂が入ってきたため調べてみると、そのどれもが実際しない女性という結果だった。
エメリエラ以外でその話を知っていたり噂を流したりしていたのは皆モイゼスに近い者達だともわかった。
「変な所でミリーに一途なのか、実際に浮気をする度胸がないのか。それとも気を引く理由で異性遊びをすると後々面倒という頭だけは回るのかね。当たり前だがミリーは全く動じなかった。そうしたら」
ますますエメリエラの嫉妬を引き出そうと躍起になっていたところに、小説に出てくるような見た目をしたピンクブロンドの男爵令嬢が入学してきたのだ。
「噂を流すのはもうあいつの常套手段だが、流行のこともあり今回はあいつに特に親しくない生徒達もその噂に便乗した。早い段階でミリーも何回か彼にピオニア嬢への接触を控えることと、『噂の出どころを探して止めてほしい』……暗にモイモンへくだらない噂をやめろと頼んでいたのだが」
「わたくしがそう口にする事こそが彼の目的だったから……味を占めたのね。あなたへの接触は余計に止まらなくなったの」
エメリエラが申し訳なさそうな表情を浮かべる。
ピオニアの胸の中にモイゼスへの怒りが再び溜まり始める。
不思議なのは、自分が今まで嫌がらせをされて溜めてきた怒りより、今聞いた話で沸き上がった怒りのほうが大きく熱いことだ。
放課後の校舎で助けてくれたエメリエラのことを、自分でも自覚している以上に好きになっていたようだった。
「そんな訳で、俺が呼ばれた」
今度はピオニアの隣に座っているサリムが話を引きついだ。
ピオニアは思わず『……エッ?』と声を上げた。
サリムは留学先から戻る手続きでひと月遅れたのではなく、エメリエラからの頼みを受けて急遽転入したのだ。
自分が理由でそんな大事になっているとは思わなかった。
「ではあの、元いた学園でのほうが学びたい学科があったのでは」
ピオニアはふつふつ沸かせていた怒りから一転、動揺で頭がいっぱいになった。
サリムは首を振り「暇をしてたから。最初は腕試しの気持ちでエメ姉の話に乗った」と答えてから、従姉を見た。
「モイゼスの取り巻き……今後は離れると言っていたから、もう元取り巻きかな。勘のいい奴が一人いて、そいつに怪しまれたから、もうピオニアには全部言うね」
エメリエラが頷くのを確認すると、サリムは隣のピオニアに向き直った。
「俺、エメ姉の従弟なのは間違いないんだけど、姓は本当はノルテシュノ―じゃない。エメ姉の父方の親戚の姓を借りた。――俺、隣国の王族の、五男。第二夫人の、二人目の子。ややこしくてごめん。ええと……エメ姉の母親と俺の母親が姉妹で、母が隣国へ留学中、今の王に一目惚れされて嫁入りした。でも異母兄弟沢山いて継承権とかそういうの、俺にはとても縁遠いから、後継ぎとか気にしないで好きな勉強だけいっぱいしてた。だからピオニアが心配してくれた、やりたい学科とかそのへんは問題ない。で、したい勉強も一通り済んだので、護身術を身につける延長で軍隊の見習い生をしてたところに、エメ姉から今回の話が」
情報が多い。
情報が多いが殆ど頭に入ってこない。
入ってこないが、最後の部分でピオニアは自分の目に狂いがなかったとぼんやり思った。
「道理で筋肉のつき方が体育会系だと思いました」
「そこ?」




