14 ふるえるカブトムシ
男子生徒の制服で登校するようになってから数日たった、粉雪祭まであと二週間近くという休日。
ピオニアはとある大邸宅の前で顔をこわばらせていた。
「ピオニア。行こ」
馬車から彼女をエスコートしたサリムが取った手をそのまま引いて、その屋敷へスタスタと歩いてゆく。
昨日のことだ。
「色々忙しかったけど、ダンスの練習。しよう。そろそろ」
と、休み時間にサリムが練習の予定を持ちかけてきた。
こんな騒ぎの後でしかもこんな見た目になっているので、キャンセルになったものだとピオニアは勝手に思い込んでいた。
「えっ、でも私、髪も顔も、それと制服もこんなアリサマなのですが………」
慌てて聞くと、サリムは首を傾げた。
「問題ない。ピオニアだし」
「もっ………?」
短すぎる答えをどう受け取るべきかピオニアの頭が停止した瞬間、近くの席で聞いていた女子が心底たまらないような顔になってトトトトトッと指先で机を叩き叫んだ。
「雑すぎますッ!そういう時は!その髪形も可愛いから問題ないとか!その制服姿も好きだから問題ないとか!!もうちょっと細かく言わなきゃいけません!そんな大雑把にピオニアだから問題ないって、カブトムシだから問題ないとか木の棒だから問題ないみたいな『ひとまずそれだったら良い』って言われた気持ちになっちゃう!」
「例えを無理やり男児の好みに置き換えなくて良いから!でも雑すぎるというのは同意だ」
さらに爆笑しながら参戦したほかの男子からも雑認定され、サリムは「ええ……」と呻いた。
「あ、なるほどカブトムシとか木の棒、それはなんか腑に落ちた」
「戻ってきてピオニアそっちに腑を落としちゃダメ」
「待ってバラバラ事件になってない?!」
ピオニアが受け入れやすい方に思考を逃がしかけた途端別の子が引っ張り戻そうとし、話はさらに脱線してゆく。
余談だがこのクラスではサリムとピオニアの二人は無自覚じれったカップルとして認識されている。
身分の違いから卒業までの短い期間でしか一緒にいられないだろうと、周りは二人の背中を押すのをためらっていたのだ。
が、今回のサリムの雑極まる発言でとうとう傍観していた者たちの限界が来たらしい。
結局サリムは気持ちを表に出すのがもう少し達者な男子たちから色々引き出されて、
「俺が一緒に踊りたい相手、は、ピオニアだから。今の外見でも俺は気にならない、ピオニアが、嫌じゃなければ」
と顔を赤くしながら噛み噛み言葉に出し、ピオニアもまさかのカブトムシポジションじゃなかった……と大いに顔を染め目を泳がせながら、
「ひ、ふ、不束者ですが!」
と頭を下げることになった。
そして翌日の今日。
本番は制服だから練習のときはせめてもと、持参した私服からワンピースを選んだ。
濃紺一色の詰襟で、長袖の袖口がパフスリーブになっているミモレ丈のフレアーだ。
男爵家の娘が派手に着飾る機会もそれほどないだろうし、と金銭面を気にしたピオニアが決めたものだった。
母親は地味すぎると不満を言っていたものだが、今着るとショートヘアに凛々しく似合っている。
とはいえやはり、飾り襟もない濃紺の無地は十代女子の外出着としては地味だと自分でもわかるので、あまり入っていないアクセサリー箱を開ける。
顔の痣はまだ大きいから別に何を付けても……と落ち込みかけて、その考えを振り払う。
そして、あまりお洒落に興味を割いてこなかった今までの自分を呪った。
入っているのはブローチが二つ。黄色いデイジーと赤いサクランボだ。
どちらも家に出入りしていた商人が誕生日にくれたもので、デイジーは円形の白い陶器に控えめな感じで柄付けされている。
サクランボは少し可愛くデフォルメされており、二粒ある実の部分が鮮やかな赤の硝子でできていた。
二つともお気に入りではあるが、まさか自分がお洒落で悩む事態に陥るとは思ってなかった。
こんなことなら、何かシンプルな形のものを一つ手に入れておくべきだった、とピオニアは激しく後悔した。
デイジーのほうが無難にまとまるが、年代物で色が結構あせてしまっている。
ダンスの練習というのだから、どこかそういう練習用の教室があるのだろう。誰かのお屋敷にお呼ばれするわけではなし、ちょっと可愛すぎるモチーフでも構わないだろう。
そう考えて、ピオニアはワンピースによく生える色味のサクランボのブローチを胸元に付けた。
ところがサリムに連れられて到着したのは街の教室などではなく、大きな屋敷だった。
「サ、サリム様、ここは」
「俺が今お世話になってるとこ。ああ、エメ姉の家」
ノルテカッタ公爵家だった。
五、六回瞬きして、ピオニアは泣きそうな声を出した。
「ダンスの練習では?!」
足が震えてるのがわかった。
「うん。ここのボールルームを借りた。エメ姉も一緒に練習するって、昨日から張り切ってる」
「ひぇああ?」
そうして、サリムに手を引かれて半泣きのような顔になったまま、ピオニアは公爵家の門をくぐった。
公爵邸の使用人たちは皆ピオニアの外見のことを承知している様子で、頬の痣にも短い髪にも怪訝な顔をしなかった。
通された広いボールルームには美しい男女が待っていた。
「ピオニア・バンガッセ嬢、よく来てくださいました」
そう言って微笑んだエメリエラは、学園での氷のようなイメージとは全く違った。
まとっているピンクグレーのワンピースもまたピオニアの中のエメリエラ像を変えてゆく。
見とれかけてハッと我に返り、ピオニアはお辞儀をした。
「本日はお招きいただきまして」
「びっくりなさったでしょう。練習場所を言ったらあなたに断られるから当日まで秘密って、サリムが」
エメリエラが微笑んだままの困り顔でピオニアに言う。
そして隣の男性を紹介した。
「彼は、リーカといってうちの遠い親戚なの」
「ピオニア・バンガッセと申します」
微笑むその男性の顔を、ピオニアは見たことがあると感じた。
なんとなく思い当たった顔になってゆくピオニアに、彼は悪戯っぽい表情を浮かべてエメリエラに言った。
「ミリー。彼女は気がついているんじゃない?」
「あら。そう?でも」
エメリエラが驚いたようにピオニアを見る。
ピオニアは額がうっすら汗ばむのを感じた。
滅多に表に出る人物ではないはずだ。
寮に入るための手続きで王都に出てきた日に大きな夏祭りがあって、その時に恒例で開催される演舞大会で見た。
急病の第一王子の代理として、王室席から開会の言葉を述べている姿を。
喉元まで出てきた名前をぐっと飲みこんで、ピオニアは微笑んだ。
「――リーカ様と、お呼びしてもよろしゅうございますか」
ここでは『親戚のリーカ』で接するように、という事なのだろう。
リーカは楽しそうに頷いた。
自分の判断が間違ってなかったと安堵するピオニアの隣で、サリムがとっときの秘密を教えるキラキラした口調でそっと耳打ちした。
「本当は第二王子」
「――存じ上げておりますうゥ……」
そのやり取りを見てリーカ、改め第二王子のリッカードはとうとう噴き出した。




