11 五時間目はいつも眠い
午後の授業は魔法学Ⅱだった。
魔法学Ⅱとは主に天授魔法を持つ者や天授魔法を学びたいものが受ける科目だ。
毎年天授魔法クラスではない生徒も数人受講するので、授業は特別教室で行われている。
「皆さんご存知の通り天授魔法とは研究者たちが解読し使いやすく魔法式を組み直した一般魔法とは違い原始的なものです。例えるなら一般魔法が職人の手を介し丹念に真っ直ぐ伸ばした紐、天授魔法は解く前のきつく絡みに絡んだ紐玉というイメージですね……これも前の授業の時に話しましたが、さらに詳しく説明しますと、魔法が得意な体質の子は母親のお腹の中にいる時点で得意属性魔法の簡単な魔法式を身につけていまして、その魔法式を複数持っている子が天授魔法持ちになる確率が高いのです。胎内で赤ちゃんが肉や血管を複雑に組合わせながら体を形成してゆく時に同じくその複数の魔法式未満が絡み合ってそのまま定着してしまうと考えられています。それで研究しなくては属性を見極められない魔法を身に着けているのですね」
講師の声が教室に響く。
何年もの間説明し続けているせいかその内容は穏やかな口調で抑揚なく流れ、さながら子守唄のようだった。
昼食明けの生徒たちは殊更強い眠気の誘惑と戦わなければならない。
「魔法式を解読された後に一般魔法へ応用される天授魔法もこれまで多くありまして、一つの天授魔法が使われることも、複数の天授魔法が組み合わされて新しい一つの一般魔法がつくられることもあります。今までも時々、特に無くてもいいけど使ったらなんとなく便利な新魔法が発表されることがあったでしょう。それこそが多くの人も使えるよう魔法式をシンプルに組み直した元天授魔法であり……」
ピオニアも例に漏れず眠気の海原のなかを必死にもがいている状態だ。
気がつくとノートには謎の蚯蚓文字が書かれていて、いけないと思い書き直しても二文字目からはまた蚯蚓に戻るのを繰り返している。
ゴツ……という小さな音に眠気から引き戻されて隣を見ると、サリムの額が完全に机とくっ付いていた。
ばれてないか講師を覗うと、どうやら彼の方も五時間目の授業の時は諦めている様子だった。
「――さて自分の保有魔力より必要魔力量が大幅に多い魔法を使おうとした場合大抵は発動する過程で失神するのですが、稀に生命力を削って不足分の魔力量を補うことがあり、使った生命力の量によっては結果数時間から数年単位で寿命をけずることになります。ですので身の程に合わない魔法を使ってもし上手く発動しても、それは自分の魔力レベルが一気に上がったのではなく命を代償にした結果です。あれは十数年でしょうか、ここの生徒ではありませんが、魔法学の成績が十段階中の一という分際で仲間に意気がって上級魔導師レベルの召喚魔法を使った不良生徒が約一時間後に骨まで萎びて死亡した事例があります。気になる人は図書館で過去の新聞を調べてご覧なさい。僕も検分に立ち会いましたが、アレはもう言い表しようがない状態でして以来もう私は干物になった物は魚も肉も果物も自分から進んで食べようとはとても思えなくなりました。彼のことは憐れみません。むしろ好物を奪ってくれたので死ぬまで許さないことでしょう。あなた方はくれぐれも興味本位で人生を棒に振り、他人の人生の楽しみの幾つかを奪うような真似をしないように……」
聞く者が少ないせいか、話す内容がちょっと砕けてきている。
物騒な話にちらほらと笑い声が起こり、船を漕いでいた生徒の少しが現実に戻ってくる。
「一部の魔法には媒体を通すことによって効果が増すものもあります。身近なものでは月光、宝石などがよくありますね。天授魔法はその媒体を使う方法で発動したほうが一般魔法より強く力を発揮できる特徴があると最新の研究報告として発表されています。皆さんも自分の魔法を増幅できる媒体があるか探してみるとよろしい」
講師はそう言いながら、生徒たちの席の間をゆっくりと歩き、まだ居眠りしたままの生徒の机に小さい紙を一枚づつ置いてゆく。
ピオニアは慌ててサリムの肩を叩いたが、サリムは目覚める気配もなかった。
とうとうサリムの横に来た講師は、起こそうと試みていたピオニアを見て微笑み、サリムのノートの横に紙をおいてゆく。
すべての居眠り生徒の机に紙が置かれたところで五時間目終了の鐘が鳴り、講師も教壇へと戻る。
「紙が置かれている生徒は居眠りの罰としてそれに自分の名前と好きな食べ物を書き、下校時間までに先生のところに持ってきなさい。どう苦手にしてやろうか暇な時に考えます。もしこれも出さなかったら今日の授業は欠席扱いにしますからねえ。では」
講師がにこやかに去っていったあと、ピオニアは改めてサリムを起こした。
「サリム様、サリム様」
「――んにゃ……あれ?授業終わってる。……この紙は?」
ようやく起きたサリムは教室に戻り始めるクラスメイト達とピオニアを交互に見た。
「居眠りした生徒はその紙に名前と……ええと、嫌いな食べ物を書いて出しなさいと。……一応起こしたんですよ?」
「嫌いな?……無いな」
教科書とノートを閉じながらサリムは首を傾げた。
「じゃあ今後嫌いになっても構わない物を書いたほうが。ひとまず何かを書いて帰りまでに提出しないと今日の授業が減点になってしまいます」
「変な罰だな」
サリムは教室に戻る間中思い出す限りの食べ物をつぶやいていた。
放課後は粉雪祭の準備で二時間ほど居残りが許されている。
クラスメイトたちは各グループに分かれてメニューの材料配分や席の配置、衣装などの作業に取り掛かりはじめる。
事情を話して作業を抜け、サリムはメモを提出するために講師室に入った。
天授魔法の講師は受け取ったメモを見て意外そうに眠そうな目を開いた。
「君、泥トカゲ食べるのかい?なかなかのゲテモノ食いだなぁ。しかも酢漬け」
「はい。去年まで留学していた国の郷土料理でした。よく出されたのが酢漬けです。下宿先のご主人の好物でしたので」
ピオニアの助言で最終的に決めたのがその郷土料理だった。
何日もかけて泥抜きするが臭いが独特で、現地でも今や年配者以外で食べる者は滅多にいない。
食べられないことはないが、この先食べる機会がなくても悲しい気持ちにはならない。
講師は「若いのに大したもんだねえ」と感心したように唸っていたが、数秒考え込んでから口元をニヤッとさせた。
「ところで逆に好きな食べ物は何だね?」
「はちみつです!」
即答したサリムに講師は「結構結構!」と愉快そうに笑ったあと、言った。
「ピオニア・バンガッセに惜しかったと伝えておくれ」




