灰炎の胎動
――冷たい。
それが、最初の感覚だった。
身体は動かない。
視界は白く、音も遠い。
まるで世界そのものが凍りついたようだった。
(……また……ここか……)
二十年前と同じ。
あの時と同じ、氷の底。
悔しさだけが胸に残り、
それすらも氷に閉じ込められていく。
そのとき――
声がした。
「……私はここにいるよ」
氷の世界に、微かな温度が灯る。
「一緒に戦おう」
それ以上は何も言わない。
ただ、そっと触れるような声。
アッシュの胸の奥で、黒炎が揺れた。
白炎が震えた。
(……エリシア……)
その名を呼ぶ声は出ない。
だが、胸の奥で確かに応えた。
黒炎が白炎に触れ、
白炎が黒炎を包む。
相反するはずの二つの炎が――
氷の底で、ゆっくりと混ざり始めた。
ピシ……ッ。
氷にひびが走る。
(……まだ……終われない……)
アッシュの指が、わずかに動いた。
胸の奥で、黒と白が溶け合う。
深い灰色の光が生まれる。
ピシィィィッ!!
氷棺に大きな亀裂が走る。
外から、仲間たちの声が微かに届いた。
「アッシュ殿……!」
「戻ってきてください……!」
「アッシュ!!」
その声が、氷越しに胸へ突き刺さる。
(……守る……)
その一念が、炎を呼んだ。
氷棺が、内側から砕け散った。
黒炎の破壊。
白炎の再生。
相反する二つの力が、
灰色の終焉の炎となり静かに揺らめく。
グラキエスは目を細める。
「……ほう。
黒炎と白炎を同時に……?
とても興味深いですね」
アッシュは膝をつきながらも立ち上がり、
黒焔剣と白煌剣を握り直す。
まず向かったのは――
仲間たちの氷檻。
アッシュは白煌剣を振り下ろす。
「――断て」
終焉の炎が氷を切り裂き、
檻が砕け散る。
アッシュは三人に告げる。
「……外へ逃げてくれ。
お前たちがいると……本気で戦えない」
三人の表情が固まる。
レーネは唇を噛みしめ、
それでも微笑んだ。
「……必ず、戻ってきてください」
カリムは静かに頭を下げる。
「あなたを信じています……」
ポルは拳を握り、短く叫んだ。
「死ぬなよ、アッシュ!」
三人は出口へ走り出す。
その背中を見送りながら、
アッシュはゆっくりと振り返った。
そこには――
氷の玉座に立つ魔王、グラキエス。
氷の翼を広げ、
静かにアッシュを見つめていた。
「……氷棺を破るとは。
二十年前より、ずいぶん強くなりましたね」
アッシュは終焉の炎を纏い、剣を構える。
「……まだ終わってない」
グラキエスは微笑む。
「抗うなら、抗いなさい。
そのすべてを凍らせた上で、終わらせてあげます」
アッシュは仲間たちの背中を一度だけ見た。
そして、静かに呟く。
「……必ず守り抜く」
終焉の炎が、静かに燃え上がった。




