二十年目の氷獄
氷の玉座の間には、アッシュ以外の気配はない。
レーネ、カリム、ポルはすでに氷檻の中――
アッシュは“ひとり”で魔王と向き合っていた。
新たな魔王、
グラキエス=ノクティス。
その存在だけで空気が凍り、
呼吸するたびに肺が痛む。
アッシュは黒焔剣と白煌剣を構えた。
「……行くぞ」
黒炎と白炎が同時に噴き上がり、
空間が震える。
グラキエスは微笑んだまま、
まるで散歩に誘うような柔らかい声で言った。
「……どうぞ。
どんなに強くても、ここでは私の歩幅に合わせてもらいます」
アッシュの身体が黒炎に包まれ、
一瞬で視界から消える。
「――炎化!」
黒炎の軌跡が空間を裂き、
グラキエスへと迫る。
だが――
魔王は避けない。
指先を軽く動かしただけで、
黒炎は凍りつき、砕け散った。
アッシュは後退しながら黒炎を再構築する。
「……まだだ!」
アッシュは白煌剣を構え、
白炎を刃に集中させる。
白炎は黒炎と違い、
魔力そのものを断つ“魂の炎”。
「――断て、白炎!」
白い閃光が一直線に走り、
氷の空間を切り裂く。
グラキエスの周囲の凍気が一瞬だけ“消えた”。
魔王の瞳がわずかに揺れる。
「……ほう。
魔力構造を断つ炎……ですか」
白炎は確かに届いている。
だが――致命傷にはならない。
アッシュの周囲に黒炎の分身が複数生まれ、
同時に斬撃を放つ。
「――分炎!」
黒炎の分身たちが一斉に襲いかかる。
空間が黒い軌跡で埋め尽くされる。
しかし――
「……美しい炎ですね。
ですが、この氷の世界では、瞬く間に凍りつく」
グラキエスの周囲に黒氷が咲き、
分炎は触れた瞬間に凍りつき、粉々に砕けた。
アッシュの目が揺れる。
アッシュは白煌剣を逆手に構え、
白炎をさらに濃く、深く、魂の奥から引き出す。
白炎が刃から溢れ、
氷の空間そのものを断ち切る。
氷柱が割れ、
凍気が霧散し、
空間が一瞬だけ“自由”になる。
アッシュは踏み込む。
「――まだ終わらない!」
白炎の斬撃がグラキエスの肩口をかすめ、
氷の翼の一部が断ち切られた。
グラキエスの微笑みがわずかに深くなる。
「……素晴らしい。
ですが、あなたの白炎はまだ“浅い”」
アッシュの胸に冷たいものが走る。
アッシュは黒焔剣を構え、
黒炎を一点に収束させる。
「黒炎の咆哮」
黒い閃光が玉座の間を貫き、グラキエスを飲み込む。
轟音。
爆光。
黒い炎の嵐。
だが――
黒炎が晴れた先で、
グラキエスは微笑んだまま立っていた。
グラキエスが手をかざす。
「ええ……あなたは強い。
ですが、まだ“足りない”のです」
空間が凍りつき、
アッシュの黒炎も白炎も同時に凍り始める。
アッシュ「……くっ……!」
黒炎が凍り、
白炎が凍り、
身体が徐々に氷に飲まれていく。
そのとき――
「アッシュ殿ッ!!」
レーネの声が響く。
凍りついた檻の中で、彼女は必死に手を伸ばしていた。
だが、氷はびくともしない。
「動いてください……!
まだ終わっていません……!」
カリムの声が重なる。
「あなたなら、届くはずだ……!
ここで止まる人ではない……!」
ポルが氷を叩きつける。
「立てよ、アッシュ!!
こんなとこで終わる奴じゃねぇだろ!!」
声が、届く。
だが――身体が動かない。
氷が胸元まで侵食する。
白炎すら凍らされる――
それはアッシュにとって最大の屈辱だった。
(……動け……)
(まだ……終われない……!)
だが、氷は止まらない。
指先が凍り、
感覚が消えていく。
視界の端で、
仲間たちが必死に叫び続けている。
それでも――
届かない。
グラキエスは静かに呟く。
「その表情……覚えていますよ」
(……また……守れないのか……)
氷が首元へと迫る。
レーネの声が、震える。
「アッシュ殿……お願い……!」
ポルが叫ぶ。
「ふざけんな……!
こんな終わり方、認めるかよ!!」
カリムが歯を食いしばる。
「あなたは……そんな男ではない……!」
アッシュの瞳が、わずかに揺れる。
だが――
アッシュの瞳から光が消える。
完全に凍りついた。
氷の棺が、玉座の間に静かに立ち上がる。
――まるで、
二十年前と同じ光景のように。




