風を断つ者
魔王城の内部は重厚な石壁に覆われ、冷たい空気が重く垂れ込めていた。
壁沿いの松明が揺れ、赤黒い影が床に落ちる。
魔王城の奥へ進むと、空気が急に変わった。
冷たい風が吹き抜け、廊下の先に広がる大広間は、まるで風そのものが支配しているようだった。
その中心に、翡翠の瞳は冷たく光り、背中の漆黒の翼、銀緑色の髪を揺らす男が立っていた。
四天王アエロス=ヴァルグリム。
「この先に進めると思うな。
世界樹の続きだ……」
アッシュは一歩前に出る。
背の二振りの剣が、風に反応して微かに震えた。
「……前回とは違う。
今度は、お前を斬る」
アエロスが指を鳴らすと、四体の魔族が姿を現す。
風を纏った獣のような魔族たちが、低く唸り声を上げた。
アッシュは仲間に短く告げる。
「アエロスは俺がやる。
お前たちは他を頼む」
ポルは両刃剣を肩に担ぎ、笑う。
「任せろ。お前の邪魔はさせない」
レーネは氷の魔力を纏い、静かに構える。
「私が守ります。前へ」
カリムは大弓を引き絞り、矢を番えた。
「了解しました。援護は任せてください」
「排除しろ」
同時に、アエロスの姿が消えた。
次の瞬間、戦いが始まった。
巨大な魔族がポルに殴りかかる。
ポルは両刃剣を回転させ、腕ごと叩き落とした。
「遅ぇんだよ!」
レーネは氷の盾を展開し、別の魔族の突進を受け止める。
「アイスシールド!」
衝撃で氷が砕けるが、レーネはすぐに氷壁を生成し、仲間を守る。
「ポル殿、カリム殿、今です!」
カリムは軽弓で牽制しつつ、大弓に力を込める。
「……撃ち抜きます」
放たれた矢は氷壁の隙間を通り、魔族の胸を貫いた。
ポルが笑う。
「いい連携だ!」
レーネは息を整えながらも、次の氷壁を展開する。 「まだ来ます……気を抜かないでください!」
アッシュの背後に、風が収束する。
「遅い」
アエロスの声と同時に、無数の風刃。
だが――
白煌剣が閃き、風を“受け止めた”。
アエロスの目がわずかに揺れる。
(受けた……?)
前回は避けるしかなかった一撃。
アッシュはそのまま踏み込む。
黒焔剣が振るわれる。
黒炎が風を“焼き裂いた”。
「……なに?」
アエロスは一瞬で後退する。
だが遅い。
アッシュはすでに間合いの中にいた。
二刀が連続で振るわれる。
重い一撃。軽い一撃。変則の軌道。
風壁が展開されるが――
「甘い」
白煌剣が“隙間”を断ち、
黒焔剣が“面”ごと焼き払う。
風の防御が、成立しない。
アエロスが初めて距離を取る。
「……風を、読んでいるのか」
「違う」
アッシュは一歩進む。
「風ごと、斬ってるだけだ」
アエロスの魔力が膨れ上がる。
空間が軋む。
「ならば……これはどうだ!」
巨大な風の渦が発生する。
大広間全体を巻き込む、圧殺の嵐。
床が砕け、空気が悲鳴を上げる。
前回、アッシュを叩き潰した一撃。
だが――
アッシュは止まらない。
黒焔剣を振り上げる。
「――燃えろ」
振り下ろす。
黒炎が、渦に“叩き込まれた”。
次の瞬間――
爆ぜた。
風が内側から焼き崩れ、渦が崩壊する。
「馬鹿な……!」
アエロスの声に、明確な動揺が混じる。
アッシュはすでに踏み込んでいる。
白煌剣が閃く。
光が、一直線に走る。
アエロスは反射で風壁を最大展開する。
だが――
“貫かれた”
「っ……!!」
肩口が裂け、血が舞う。
「……終わりだ、アエロス」
アッシュの声は静かだった。
アエロスは後退する。
だが風が乱れている。制御が甘い。
「なぜだ……なぜ風が……!」
アッシュは歩みを止めない。
「お前の風は強い」
一歩。
「でも――」
さらに一歩。
「もう、届かない」
次の瞬間。
アッシュの姿が“消えた”。
アエロスの視界が揺れる。
(速い――いや、違う)
読めない。
風が追いつかない。
背後。
「――そこだ」
振り向いた瞬間。
アッシュはすでに“そこにいた”。
双剣が交差する。
黒炎が唸り、白光が奔る。
だがそれは、ただの斬撃ではない。
黒は“喰らい”、白は“断つ”。
風を構成する魔力ごと、存在ごと――両断する一撃。
「――なっ……!」
アエロスの風が、悲鳴のように乱れた。
防御が、意味を失う。
「やめ――」
言葉が終わる前に、
斬撃は通り抜けていた。
静寂。
遅れて、血が宙に舞う。
アエロスの身体が揺れる。
膝が落ちる。
「……風が……消えた……?」
信じられないものを見るように、自らの手を見つめる。
そこにはもう、“支配するはずの風”はなかった。
アッシュは静かに立っている。
「世界樹の時とは違う」
アエロスが、かすかに笑う。
「……ああ……違うな……」
息が途切れかける。
「お前はもう……“風に縛られる側”じゃない……」
崩れ落ちた。
完全に、動かなくなる。
そして――
大広間を満たしていた風が、完全に止んだ。
背後では、最後の魔族がポルに叩き伏せられていた。
「終わりだな」
レーネは息を整えながらアッシュを見る。
「……圧倒、でしたね」
カリムは静かに頷く。
「ええ……もはや別次元です」
アッシュは何も答えず、ただ剣を収めた。
だがその瞳は――
次に待つ“グラキエス”を、まっすぐ見据えていた。




