刃を研ぐ刻
少しの間、風だけが吹き抜ける。
だがレーネがすぐに口を開く。
「……殿下のもとへ向かいましょう。現状の確認が必要です」
全員が頷いた。
アッシュも静かに歩き出す。
イシュヴェル城、謁見の間。
シグル王子はすでに待っていた。
扉が開き、一行が入る。
その中心に立つアッシュを見た瞬間、シグルの表情がわずかに緩んだ。
「アッシュ殿……改めて、ご無事で何よりです」
アッシュは軽く頭を下げた。
「世話になったな、シグル」
「礼を言うのはこちらです。あなたがいなければ、戦線は崩壊していたでしょう」
すぐに、その表情が引き締まる。
「では、状況を共有します」
空気が変わる。
「魔王軍は一時的に後退しましたが、戦力は依然として健在また巨大な魔力も確認されました」
アッシュが低く呟く。
「ああ……二十年前の四天王、グラキエスだ。
今も四天王の一人だろう」
シグルは続ける。
「そして――魔王アーク=ノクティスを頂点とした魔王軍の復活と見て間違いありません。
各国にも通達を行います」
沈黙。
重く、現実を突きつけるような沈黙。
その中で、アッシュが口を開いた。
「……だったら、やることは決まってる」
視線が集まる。
「少人数で魔王城へ行こう」
迷いはなかった。
「復活したばかりなら、まだ隙がある。戦力が整う前に叩く」
ザラフが頷く。
「合理的だな」
カリムも静かに言う。
「今なら成功率は高いでしょう」
だが――
シグルはゆっくりと首を振った。
「……お言葉ですが」
その一言で空気が止まる。
「焦るべきではありません」
静かだが、強い声だった。
「皆さまは連戦続きです。消耗は確実に蓄積している。ここで無理をすれば、勝てる戦いも落とします」
レーネも続く。
「私も同意見です。万全の状態で挑むべきです」
アッシュは黙る。
その時、ポルが口を開いた。
「……俺も待ちでいいと思う」
アッシュが視線を向ける。
ポルは軽く首を鳴らした。
「帝国に捕まった時に剣を取り上げられただろ。
ドワルガンのガンリックに新しい剣を頼んだんだ。
もうすぐ届く」
「……剣は必要だな」
ポルは少しだけ笑う。
「せっかく行くなら、確実にぶっ倒せる状態で行こうぜ」
沈黙。
数秒の間。
アッシュは小さく息を吐いた。
「……わかった」
シグルが頷く。
「ありがとうございます。では数日間、休養と戦力の再編を行いましょう」
アッシュは窓の外へ視線を向ける。
遠く、まだ見えぬ魔王城の方角へ。
「……すぐに行く。待っていろ」
その声は静かだったが、揺るがない。
ポポが腕を組む。
「短期決戦になるね」
ポルが笑う。
「上等だ」
ザラフは低く言う。
「久しぶりに骨のある戦いになりそうだ」
レーネは剣に手を添えた。
「必ず、勝ちましょう」
カリムは静かに目を伏せる。
「準備は整えておきます」
アッシュは最後に一言だけ。
「……全員で行くぞ」
誰も異論はなかった。
戦いは、もうすぐそこまで来ている。
だが今は――
その刃を研ぐ、わずかな時間。
静かな決意だけが、その場に残った。




