静かなる殺意、凍てつく微笑
黒炎の嵐がようやく収まり、戦場には深い静寂が落ちた。
空気はわずかに凍りつき、肌を刺す冷たさが戦士たちの呼吸を白く染める。
焦げた大地の向こう、戦場の熱を切り裂くように、白い霧のような冷気がゆっくりと降りてきた。
アッシュは顔を上げ、その視界に現れたのは――氷の翼を広げ、青白い光を纏う魔族。
魔王軍四天王、グラキエス。
彼の額から生えた四本の角――
上二本は天空を突き刺すかのように鋭く伸び、
下二本は顎を睨むかのように下向きに垂れた。
その異形の角が青白い光を反射し、戦場に不吉な影を落とす。
彼は優雅に舞い降り、戦場の焦土に静かに着地した。
翼の先端が光を反射し、蒼白い輝きが焦げた大地に凍りつくように散らされる。
「……お久しぶりですね、アッシュ殿。
二十年ぶりでしょうか」
その声は穏やかで、しかしどこか楽しげな響きを含んでいた。
アッシュの瞳が細くなる。黒炎が指先で微かに揺れた。
「……お前のせいで、エリシアは……」
グラキエスは軽く首を傾げ、懐かしい記憶を語るように笑った。
「ええ。あなた方とのひとときは、とても楽しかった。
彼女が消える瞬間も、あなたが凍りつく瞬間も、まるで昨日のことのように覚えております」
アッシュの拳が震えた。だが深淵で磨かれた静けさが、怒りを押しとどめる。
「……殺す」
その声は低く、短く、しかし確かな殺意に満ちていた。
グラキエスは微笑を深める。
「その言葉、二十年前にも聞きましたね。
ですが――今のあなたなら、少しは楽しませてくれそうだ」
アッシュは一歩踏み出す。黒炎が地面を焦がし、周囲の空気が震える。
しかしグラキエスは手を軽く上げ、まるで制するように告げる。
「今日は戦いに来たわけではありません。
あなたの“目覚め”を確認しに来ただけです」
アッシュは沈黙したまま睨みつける。
黒炎は静かに、だが力強く揺らめき、胸の奥の熱を告げていた。
グラキエスは背を向け、淡々と告げる。
「あなたの一撃で、私も回復するのに多くの時間を費やしました。
そして、魔王様を復活させるのに二十年。
これで”あの時の続き”が出来ますね」
アッシュの黒炎がわずかに震える。
しかし胸の奥で、仲間を守る意志が、その揺らぎをすぐに鎮めた。
「では、魔王城にてお待ちしています。
今度は……あなたの大切な仲間ごと、凍らせて差し上げましょう」
その言葉とともに、グラキエスの姿は霧のように溶け、戦場から消えた。
残ったのは、凍りついた空気と、静かで確かな怒りだけ。
アッシュは拳を握りしめ、低く呟く。
「……必ず終わらせる。
お前との戦いも……二十年前のすべても」
黒炎と冷気、二つの炎が胸の中で静かに揺れ、次の戦いへの覚悟を告げていた。




