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白炎、戦場に降る

戦場に足を踏み入れた瞬間――


アッシュの視界に広がったのは、あまりにも一方的な光景だった。


城壁の前には、無数のイシュヴェル兵が倒れ伏している。

まだ息のある者もいるが、その多くが動けず、ただ空を仰いでいた。

血の匂いと焦げた空気が、重く戦場を覆っている。


その向こう。


ポル、ポポ、カリム、ザラフ、レーネが前線に立ち、必死に食い止めている。

だが――


押し寄せる魔王軍の数は、あまりにも多すぎた。


波のように、途切れることなく。

潰しても、潰しても、なお溢れ続ける。


まるで、この戦場そのものが、絶望を吐き出し続けているかのようだった。


「……間に合ってくれ」


低く呟き、アッシュは地を蹴った。


地面が砕け、空気が裂ける。

風が唸り、景色が流れる。


それでも、胸の奥にざらつく焦りは消えない。


(まだだ……まだ届かない)


距離が、やけに遠く感じる。


――その時だった。


――アッシュ。


ふと、声が響いた。

一瞬で、すべての音が遠のく。


深淵で見たエリシアの姿が、脳裏に浮かぶ。

あの時と同じ、穏やかな微笑み。


そして、小さく頷く。

まるで――「大丈夫」と告げるように。


アッシュの足が、ほんの一瞬だけ緩む。


「……ああ」


かすかな息とともに、肩の力が抜けた。

胸の奥を締めつけていた何かが、静かにほどけていく。


焦りも、恐れも、後悔も。

すべてが、ゆっくりと溶けていった。


その代わりに残ったのは――

ただ一つ。

守るという、揺るがない意志。

次の瞬間――白炎が溢れ出した。


「行こう」


零れた言葉とともに、白炎は腕を伝い、空へと伸びる。

その光は荒々しさを持たず、ただ静かに、確かに広がっていく。


アッシュは迷いなく、その力を天へと解き放った。


轟音も、爆発もない。


ただ静かに――

白い光が、雲のように空を覆い尽くしていく。

光に触れた空気が、わずかに震えた。


そして。


白炎の雨が、戦場へと降り注いだ。


魔王軍の兵が触れた瞬間、白炎は燃え上がる。

抵抗する間もなく、存在ごと浄化され、灰となって消えていく。


悲鳴すら上げる暇はない。

ただ、静かに、確実に――消える。


だが――


仲間たちやイシュヴェル兵に降りかかると、

その炎はまるで雪のように溶け、優しく身体を包み込んだ。


裂けた傷が塞がり、砕けた骨が繋がり、失われた力が満ちていく。


血に濡れていた鎧が、再び動き出す。


「な、なんだ……これは……!」


「身体が……軽い……!」


「傷が……治っている……!」


倒れていた兵士が、震える手で地面を掴み、ゆっくりと立ち上がる。


前線の仲間たちも、驚きと安堵で声を上げる。

ポルは手を広げ、力の回復を確かめながら息をつく。

「まさか……アッシュが……!」

ザラフは額に手を当て、目を見開いた。

「……目覚めたのか!」

ポポは杖を握りしめ、静かに頷く。

「……これは……魔法?......」


戦場に広がる白炎の光景に、絶望に沈みかけていた兵士たちの顔が少しずつ和らいでいく。

希望の光が、戦場に確かに届いたのだ。


前線に立つ者たちが、一斉に振り返る。


アッシュは、その中を静かに歩いていく。

まるで、戦場そのものが彼を避けるかのように。


アッシュに焦りはなかった。

ただ、まっすぐに前を見据える。

「遅くなった」

小さく、しかしはっきりと。


その一言が、戦場のざわめきをわずかに止める。

「……ここから先は、俺が守る」


その声に、迷いはない。

誓いでも、宣言でもない。

ただの事実のように、静かに告げられた言葉。


深淵を越え、すべてを受け入れた者の――静かな確信。

その背中に、誰もが言葉を失った。


――だが。


視線の先。


なおも尽きることなく、魔王軍は押し寄せていた。

白炎に焼かれながらも、

それでも前へと進み続ける異形の群れ。


数は減っているはずなのに、終わる気配がない。

戦場は、まだ終わっていない。


アッシュは、わずかに目を細めた。

その瞳に、次の一手を決めた色が宿る。

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