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継がれた想い

闇の向こうに立つその人影——


白い髪。

優しい瞳。

あの日と変わらない微笑み。


エリシアだった。


「……アッシュ」


その声は、深い闇を震わせるほどに優しかった。


アッシュの目が大きく見開かれる。


(……エリシア……?)


彼女は一歩、また一歩と近づいてくる。

光が闇を押し返し、アッシュの輪郭を照らした。


エリシアはそっと手を伸ばし、

アッシュの頬に触れた。


「ずっと……苦しかったでしょう?」


アッシュの胸が震えた。


(……俺は……)


「もう……一人で抱えなくていいんだよ」


その言葉が落ちた瞬間、

アッシュの深層意識に、初めて“温度”が戻った。


エリシアは、闇の中でそっと微笑んだ。

その笑顔は、アッシュが最後に見たあの日のまま。


「アッシュ……やっと会えたね」


その声は、深い闇を震わせるほどに優しくて、

胸の奥にずっと刺さっていた棘を、そっと撫でるようだった。


アッシュは震える唇で言葉を絞り出す。


(……エリシア……俺は……)


「うん、分かってるよ」


エリシアはアッシュの頬に触れたまま、

まるで泣きそうな顔で笑った。


「ずっと苦しかったんだよね。

 守れなかったことも……

 私を……貫いちゃったことも……

 一人だけ生き残っちゃったことも……

 ポルのことも……」


アッシュの胸が締めつけられる。


(俺は……全部……)


「うん。全部、背負おうとしたんだよね」


エリシアはアッシュの手を取った。

その手は温かくて、現実よりも現実のようだった。


「でもね、アッシュ。

 それ……全部、あなた一人のせいじゃないよ」


アッシュは首を振る。


(違う……俺が……俺が弱かったから……)


「違うよ」


エリシアはアッシュの手をぎゅっと握った。


「あなたは弱くなんかない。

 あの時だって……私を守ろうとしてくれた。

 最後の最後まで、私の名前を呼んでくれた。

 あれだけで、私は十分だったんだよ」


アッシュの視界が滲む。


(……俺は……お前を……)


「うん。守れなかったって思ってるんでしょ?」


アッシュは声にならない声で頷いた。


エリシアはそっとアッシュの額に触れた。


「でもね、アッシュ。

 私はあなたに守られてたよ。

 ずっと、ずっとね」


アッシュの胸の奥で、

何か固く凍りついていたものが、少しだけ溶けた。


エリシアは続ける。


「それに……あなたが生き残ったのは、罪なんかじゃないよ。

 “願い”なんだよ。

 私が……あなたに残したかった“未来”なんだよ」


アッシュは息を呑んだ。


(……未来……?)


エリシアは微笑む。


「うん。

 あなたには、まだやらないといけないことがある。

 まだ……終わってないんだよ、アッシュ」


闇の中に、光が広がり始めた。


エリシアはアッシュの手を引き、

光の方へ歩き出す。


「ねぇ、アッシュ。

 そろそろ……起きよ?」


アッシュの胸の奥で、

炎が大きく揺れた。


光が広がり、アッシュの意識がゆっくりと浮上していく。

エリシアの姿は、もう光の向こうに溶けかけていた。


「……エリシア……」


アッシュが手を伸ばす。

けれど、その指先は彼女に届かない。


エリシアは、少し寂しそうに、でも優しく笑った。


「アッシュ。もう行かなきゃね」


光が強くなり、輪郭が薄れていく。


その瞬間、エリシアはふっと思い出したように言った。


「――あ、そうだ。ポルは生きてるよ」


アッシュの動きが止まる。


エリシアは少しだけ誇らしそうに笑った。


「ちゃんと守れたから」


アッシュの胸の奥で、何かがほどける。


光はさらに強くなり、彼女の姿はほとんど見えなくなっていた。


「……ねぇ、アッシュ」


エリシアは、少しだけ困ったように笑う。


「今さら言うの、ずるいかもしれないけど」


アッシュが顔を上げた。


エリシアは、あの日と同じ優しい笑顔で言った。


「私ね」


ほんの少しだけ頬を赤くして。


「アッシュのこと……大好きだったよ」


アッシュの目が大きく見開かれる。


「……俺も——」


言葉は、最後まで続かなかった。


光が二人の間に溢れ出す。


エリシアはそっとアッシュの胸に手を当てた。


「それにね」


「私……ちゃんとあなたに残れたから」


アッシュが息を呑む。


胸の奥で、炎が揺れた。


その奥に、もう一つの光が灯る。

光のように輝く、静かで、優しい炎。


「私の力も……想いも……」


エリシアは微笑む。


「全部、ここにあるよ」


白い炎と黒い炎が、胸の奥で静かに重なった。


「だから私、消えちゃっても大丈夫なんだ」


アッシュの視界が滲む。


エリシアは最後に、あの日と同じ声で呼んだ。


「アッシュ」


その声は、どこまでも優しくて。


「だから……生きて」


光がすべてを包み込む。


エリシアは微笑んだ。


「またね」


その言葉を最後に、エリシアの姿は静かに消えた。


けれどその瞬間——


アッシュの胸の奥で、

黒い炎と白い炎が重なり、大きく燃え上がった。


それはもう、

彼一人の炎ではなかった。


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