黒炎の収束
帝都の夜空は、黒炎に赤く染まり、世界の秩序は、たった一人の暴走によって音を立てて崩れていく。
広場の石畳は溶け、空気は裂け、炎の熱が渦となって漂う。
その中心に立つアッシュの姿は、もはや“人”の形を保っているのが奇跡のようだった。
赤く染まった瞳に宿るのは、怒りでも悲しみでもなく、止められぬ破壊の奔流そのものだった。
黒炎が地面を焼き、帝国兵を吹き飛ばし、広場の空気を震わせる。
アッシュの耳に仲間たちの叫びは届かない。
しかし、何かが彼の暴走を遮ろうと、広場の空気を切り裂いていた——
「アッシュ殿!!」
レーネとカリムの声が、火柱を超えて必死に響く。
二人が駆けつけたが、アッシュはまだその声を認識できず、黒炎を周囲に撒き散らそうとしていた。
そして、レーネの腕には……ポルの亡骸が抱えられていた。
血で濡れた衣服、微かに震える手。
彼女の瞳には絶望と決意が入り混じる。
「……アッシュ殿……お願い……戻ってきて……」
その声は炎の轟音にかき消されながらも、彼女の想いは確かに空気を震わせていた。
アッシュの瞳は赤く染まり、
人の形を保っているのが奇跡のようだった。
黒炎が地面を溶かし、
帝国兵を吹き飛ばし、
空気そのものを焼き尽くす。
アッシュの炎が広場を飲み込もうとした瞬間——
「止まれッ!!」
ザラフが飛び込んだ。
ザラフは砂嵐を巻き起こし、
アッシュの黒炎を逸らす。
「カリム! 右から来るぞ!」
「承知しました」
カリムは影のように動き、
アッシュの攻撃を最小限に誘導する。
二人はアッシュを傷つけないように、
ただ“暴走の軌道”を変えることだけに集中していた。
だが——
黒炎は強すぎた。
ザラフの砂が蒸発し、
カリムの影が焼かれる。
「……っ、これは……!」
「長くは持ちません……!」
レーネが両手を掲げ、
魔力を限界まで引き絞る。
「……アッシュ殿……
どうか……!」
氷が地面から噴き上がり、
アッシュを中心に巨大な氷壁が形成される。
黒炎と氷がぶつかり合い、
蒸気が爆発するように広がる。
レーネは震えながら叫んだ。
「今です! ポポ殿!!」
ポポは杖を握りしめ、
涙を流しながら呪文を紡ぐ。
「……アッシュ……
ごめん……でも……
これ以上は……誰も守れない……!」
闇が地面から滲み出し、
氷の囲いの内側へと広がっていく。
「《深淵喰らい(アビス・イーター)》!!」
闇が全てを飲み込むように渦を巻き、
黒炎と激突した。
黒炎と闇がぶつかり、
世界が軋むような音が響く。
アッシュの叫びが、
闇の中でかき消されていく。
「アアアアアアアアアアアアッ!!」
ポポは歯を食いしばり、
闇をさらに強めた。
「……アッシュ……
ポルのために戻ってくるんだ……!!」
闇が黒炎を包み込み、
少しずつ、少しずつ、
アッシュの暴走を飲み込んでいく。
氷が砕け、
闇が収束し、
黒炎が消えた。
アッシュは膝をつき、
意識を失って倒れた。
ポポはその場に崩れ落ちる。
「……よかった……
間に合った……」
ザラフは息を吐き、
カリムは静かにアッシュを抱き上げた。
レーネは涙を拭いながら言った。
「……アッシュ殿……
どうか……戻ってきてください……」
広場には、
黒炎の跡と、
仲間たちの息遣いだけが残った。




