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生き残った者の地獄

夜の静けさが診療所を包む。

まだ語りきれぬ真実が、夜の診療所に静かに漂っている。


老人は記録帳を開き、震える手でアッシュに差し出した。

「……これが、全ての記録だ……ソウルベアラーに関する、帝国の記録帳……

 成功も、失敗も、全て書かれている……」


アッシュは記録帳の表紙に手を触れ、重みを感じた。

開けば、そこには帝国が行った実験の全貌が、余すところなく記されていた。


老人は震える声で読み上げる。


「第1段階は共存期……五年から十年ほどだ」


手元のページを指でなぞりながら、老人は続ける。


「この期間は、召喚獣の力を使っても問題は少ない。

 声も聞こえるが、精神には徐々に負荷がかかる……」


アッシュは黙って聞き入る。

胸の奥で、知らず知らずの緊張が走った。


「次に第2段階……精神侵食期だ。およそ一年から五年。

 この間、召喚獣の人格が強くなり、感情が暴走しやすくなる。

 力を使うたび、人間の人格と召喚獣の境界は曖昧になり、

 身体の一部が変質してしまう……」


アッシュの脳裏に、燃え盛る戦場と叫び声が一瞬よぎった。


「そして最終段階……乗っ取り期。

 召喚獣が完全に主導権を握り、人間の人格は消え去る。

 暴走し、制御は不可能となる……」


老人は顔を覆い、声を震わせた。


「……だから、完全に召喚獣化する前に、ほとんどは処分された……

 だが、ゼル=アラドを襲った魔王軍の処理のため、力を使いすぎてしまった二体だけ……

 幼いうちに完全に召喚獣化してしまった。

 扱いやすさから、兵器として生かされたのだ……」


アッシュは息を呑む。


「……二体……?......まさか......」


帝国兵と共に襲ってきた

黒翼竜と岩殻巨兵が思い浮かぶ。


老人は頷いた。


「……どちらも……お前を......兄と慕っていた......」


アッシュの胸が締めつけられる。


――アッシュ兄ちゃん……逃げて……

ーーアッシュ兄……いままで……ありがとう……


消える直前の共鳴が蘇る。


アッシュは、喉の奥が焼けるような痛みを覚えながら呟いた。


「……その二人は……俺が……終わらせた」


老人の表情はゆっくりと沈んでいった。

覚悟していた。

だが――その覚悟は、あまりにも脆かった。


老人は震える息を吐いた。


「……私は……覚悟しておった……

 あの子達が……兵器として死ぬ未来は……」


老人の声が、そこで崩れた。


「……だが……

 まさか……兄と慕うお前と……刃を交えるなど……

 そんな未来だけは……考えたくなかった……」


老人は、ゆっくりと顔を上げた。

その瞳は、光を失っていた。


「……私が差し出した子ども達は……

 全員……死んだのだな……?」


アッシュは、ゆっくりと頷いた。


老人の膝が、音もなく床に落ちた。

床に手をつき、爪が割れるほど強く握りしめた。


老人の声は、もはや言葉ではなく、

長い年月の罪が一気に押し寄せて崩れ落ちる音だった。


「……私は……

 子ども達の人生を……

 全部……奪ってしまった……」


老人は床に額をつけ、震えながら言った。


「……アッシュ……

 どうか……私を殺してくれ……

 私は……許されてはならん……

 子どもたちを……道具にした……

 お前たちを……地獄に送った……

 生きていては……ならん……!」


アッシュはゆっくりと老人に近づいた。


カリムは動かない。

アッシュの判断を尊重している。


アッシュは老人の前に立ち、

冷たい声で言った。


「……殺さない」


老人は顔を上げ、驚愕する。


「な……ぜ……?」


アッシュは記録帳を握りしめ、

静かに告げた。


「死ぬのは……楽だ。

 お前は後悔を抱えて生き続けろ。

 それが地獄だ」


老人の顔から血の気が引いた。


アッシュは背を向ける。


「……俺は前に進む。

 みんなのためにも」


カリムが静かに頷く。


「行きましょう。

 ここは長く留まれません」


アッシュは記録帳を握りしめたまま、

診療所を後にした。


老人のすすり泣きだけが、

夜の帝都に残った。

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