黒炎の貫道
村を出てしばらく歩くと、街道の喧騒は完全に消え、森の静寂が三人を包んだ。
鳥の声、風のざわめき、湿った土の匂い。
だがその静けさは、どこか不自然だった。
アッシュは足を止め、周囲を見渡す。
「……気配が薄すぎる。森の生き物の気配まで消えている」
ポルが両刃剣に手をかける。
「帝国軍に迂回してるのがばれたか?」
レーネは緊張した声で答えた。
「街道のような人目がなければ強行手段に出てくるでしょう」
アッシュは頷き、前方の茂みを見据えた。
「来るぞ」
茂みが揺れ、数人の帝国兵が姿を現した。
槍を構え、三人を囲むように散開する。
「……対象を発見。
レオン様の名により殺さず捕まえろ」
兵士の一人がそう告げた瞬間、
地面が“沈むように”震えた。
ポルが鼻で笑う。
「やっぱり待ち伏せかよ。
それに殺さず捕まえろ?出来ると思ってんのか」
レーネが剣を構え、アッシュの前に立つ。
「敵の攻撃は私が受け止めます。アッシュ殿は攻撃を!」
アッシュは短く頷いた。
「頼む」
地面が沈むように震えた。
森の奥から、巨影が姿を現す。
土と鉱石が層になった“岩の鎧”を纏った巨体。
前腕は盾のように肥大化している。
淡い緑光の目は、感情を持たない。
ーー岩殻巨兵ガイア=センチネル。
レーネが息を呑む。
「……なんという巨体……!」
帝国兵が命令を叫ぶ。
「ガイアセンチネル、対象を排除せよ!」
巨体が踏み出すたび、地面が沈む。
ガイアセンチネルの前腕が振り下ろされる。
大地が砕け、破片が飛び散る。
レーネが前に出た。
「アイスシールド!」
氷の盾が展開し、巨腕を受け止める。
衝撃でレーネの足が地面にめり込む。
「くっ……!」
アッシュはその背中を見て、静かに二刀を抜いた。
帝国兵が槍を構えて突進する。
「ポル、任せた」
「言われなくても!」
ポルは地面を滑るように走り出す。
低い重心、広い接地面。
森の土の上でも速度が落ちない。
槍が振り下ろされる瞬間、
ポルは“下から潜る”。
「遅ぇ!」
両刃剣が回転し、
槍の柄を弾き飛ばす。
そのまま回転の勢いで斬撃へ。
刃が帝国兵の鎧を裂き、
兵士は悲鳴を上げて倒れた。
別の兵士が背後から斬りかかるが、
ポルは振り返らない。
回転のまま、刃の背で受け流し、
その勢いを反撃に変える。
「おらぁッ!」
二人目も倒れる。
ガイアセンチネルの二撃目。
レーネは氷壁を展開するが――
「くっ!.....アイスウォール」
巨腕が叩きつけられ、
氷壁が粉々に砕けた。
レーネの身体が吹き飛ぶ。
「レーネ!」
アッシュが即座に動き、
落下するレーネを片腕で受け止める。
レーネは苦しげに息を吐きながらも、
アッシュの腕を掴んだ。
「……まだ戦えます......!」
アッシュは二刀を握り直して前へ踏み込んだ。
ガイアセンチネルの胸部に一直線に斬りかかる。
赤い刃が閃き、
黒鉄の刃が重く唸る。
「――ッ!」
二刀が交差し、
胸部装甲に叩き込まれた。
だが――
金属音すら鳴らなかった。
アッシュの斬撃は、
まるで“岩山そのもの”を斬ろうとしたかのように、
装甲の表面をかすりもしなかった。
ポルが目を見開く。
「おい……嘘だろ……!?
アッシュの剣撃が……通らねぇのかよ!」
ガイアセンチネルが反撃の拳を振り下ろす。
アッシュは跳び退き、
地面を滑りながら体勢を立て直した。
その表情は静かだが、
わずかに眉が寄っている。
アッシュの瞳が静かに燃えた。
黒炎を解放する。
「炎化!!」
黒炎が爆ぜ、アッシュの身体を包み、背に黒炎の羽が広がる。
ガイアセンチネルが腕を振り上げ地面に叩きつけた。
衝撃波が地面を割りながら迫る。
レーネは一歩前に出て、魔力を振り絞る。
「アイスウォール!」
氷が割れる衝撃音とともに氷壁が衝撃波を受け止める。
アッシュは一言だけ呟いた。
「……レーネ、よくやった」
黒炎の羽が弾け、
アッシュの身体が空へ跳ぶ。
アッシュは二刀を下げ、
ゆっくりと右手を握った。
黒い炎が、
“滲むように”指先から立ち上る。
右腕に黒炎を集めていく。
黒炎は螺旋状に圧縮され、
空気が悲鳴を上げるほどの密度へと変わる。
「……黒炎の――」
ガイアセンチネルが巨腕を振り下ろす。
アッシュは一歩、前へ踏み込んだ。
「――黒炎穿孔ッ!!」
黒炎の螺旋槍が放たれた。
それは爆発ではない。
ただ、一直線に――貫く。
ガイアセンチネルの胸部装甲を貫通し、
内部の魔力核を穿ち砕き、
背中へ抜け、
後方の大木を三本まとめて貫いた。
遅れて、巨体が震えた。
緑光の目が明滅し、
胸部の穴から黒炎が噴き出す。
ガイアセンチネルは、
そのまま前のめりに崩れ落ちた。
大地が揺れ、土煙が舞う。
アッシュは黒炎を散らし、静かに息を吐いた。




