世界樹の外環へ
森へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
草原の乾いた風は消え、代わりに湿り気を帯びた柔らかな風が頬を撫でる。
水の匂い、木々の香り、そしてどこか甘い果実の香りが混ざり合っていた。
レーネが思わず声を漏らす。
「……すごい。森なのに、息苦しくない……」
ポルが答える。
「世界樹の魔力が薄く流れているからだ。外環は、誰でも過ごしやすいようになっている」
アッシュは周囲を見渡した。
木々は高く、葉は淡く光り、風が吹くたびに魔力の粒が舞う。
水路が森の中を縫うように走り、さらさらと流れる音が心地よい。
森の奥へ進むと、建物が見え始めた。
木と石を組み合わせた丸みのある家々。
屋根は柔らかな曲線を描き、自然の中に溶け込むように建てられている。
水路沿いには小さな橋がいくつも架かり、
その上でポポル族の子どもたちが遊んでいた。
ポポル族の男が笑いながら声をかける。
「おーい! そっちは深いぞー!」
エルフ族の女性が水路のそばで魔法の光を調整し、
その横ではレガリア人の商人が果物を並べている。
アッシュは思わず呟いた。
「……本当に、いろんな種族がいるんだな」
カリムが頷く。
「外環は、旅人と冒険者の街です。ポポル族とエルフ族が三割ずつ……残りは外から来た者たちといわれています」
アッシュが尋ねる。
「昔からそうだったのか?」
ポルは感慨深い表情をする。
「いや……三十年前は、もっと静かだった。外環は内環の奴らに見下されてたからな」
レーネが嬉しそうにポルの背中を叩く。
「この国も冒険者の時代ですね!」
ポルは小さく頷いた。
外環の中心に近づくと、市場の喧騒が聞こえてきた。
果物屋の店先には、色鮮やかな実が山のように積まれている。
赤、黄、紫……どれも甘い香りを放っていた。
レーネが目を輝かせる。
「見てください、アッシュ殿! この果物……魔力が混ざってます!」
アッシュは驚いたように手に取る。
「食べ物にまで魔力が宿るのか」
ポルが言う。
「世界樹の根が近いからな。野菜も果物も、ここのは旨いぞ」
織物屋では、ポポル族の職人が布を織っていた。
淡い緑や青の布は、触れただけで魔力が微かに流れる。
店主のポポル族が胸を張る。
「これ、冒険者に人気なんですよ! 軽くて丈夫で、魔法耐性が高い!」
ポルは思わず微笑んだ。
「平和な故郷を見るのは気分がいいものだな」
ふと、風が吹いた。
遠く、森の奥。
外環のさらに向こう──中環の上空に、巨大な影が揺れている。
世界樹。
その枝葉は空を覆い、葉は淡い光を放ち、
風に揺れるたびに光の粒が舞い落ちる。
レーネが息を呑む。
「……あれが、世界樹……」
アッシュはその光景に、言葉を失った。
世界樹そのものが“何かを呼んでいる”ような気がした。
市場を抜けると、ひときわ大きな建物が見えてきた。
木と石を組み合わせた二階建て。
正面は吹き抜けで、光が差し込み、冒険者たちの声が響いている。
カリムが言う。
「冒険者ギルドのようですね」
ポルが提案する。
「そろそろみんな疲れが限界だろ。まずは宿だな」
カリムも頷いた。
「ギルドで聞けば、すぐ紹介してもらえるはずです」
レーネが嬉しそうに扉を指さす。
「行きましょう、アッシュ殿!」
アッシュは仲間たちを見回し、小さく笑った。
「……ああ。今日はもう休もう。宿を紹介してもらおう」
木の扉を押し開け、四人は冒険者ギルドへと足を踏み入れた。




