森が導く森の都
砂漠を抜けてから、風の匂いは少しずつ変わっていった。
乾いた熱気は薄れ、草の香りが混じり始める。
カリムが前を歩きながら言う。
「……この先に、旧街道があります。
ゼル=アラドが滅ぶ前は、交易に使われていた道です」
「今は使われていないのか」
ポルが肩をすくめる。
「はい。ですが、通行は可能です。
帝国側の街道ほど整備はされていませんが……」
アッシュは頷き、草原に伸びる細い道を見つめた。
砂漠の荒々しさとは違う、柔らかな風景が広がっている。
レーネが小さく息を吸った。
「……空気が、軽いですね。
魔力の流れも穏やかで……なんだか、ほっとします」
「砂漠が異常だっただけだ」
アッシュが言うと、レーネは照れたように笑った。
旧街道は細く、ところどころ草に埋もれていた。
しかし、カリムは迷いなく進む。
「この道、通ったことがあるのか?」
アッシュが尋ねる。
「いえ。ですが……地形の“流れ”が読めます。
人が通った道は、風の通り方が違います」
「……そんなの感じ取れるのお前だけだぞ」
ポルが苦笑する。
カリムは首を傾げた。
「普通のことです」
レーネが小声でアッシュに囁く。
「……普通じゃないですよね?」
「普通じゃないな」
二人は思わず笑った。
草原の影から、小型の魔物が数匹姿を見せた。
牙をむき、低く唸る。
だが──
「避けましょう。
あれは縄張りを守っているだけです」
カリムの一言で、四人は道を少し外れて歩く。
魔物たちは追ってこない。
レーネが驚いたように言う。
「……戦わなくていいんですか?」
「はい。
無駄な戦闘は、旅の疲労を増やすだけです」
アッシュはその言葉に、ザラフの影を見た気がした。
戦うべき時と、避けるべき時。
その判断が、旅を生かす。
草原の向こうに、巨大な影が立ち上がった。
最初は雲かと思った。
だが、近づくほどに輪郭がはっきりしていく。
レーネが息を呑む。
「……あれ……木、ですか?」
「世界樹だ」
ポルが静かに答えた。
エルフェリアの中心にそびえる、巨大な樹。
幹は城壁より太く、枝は空を覆うほど広がっている。
葉は淡い光を帯び、風に揺れるたびにきらめいた。
「この大樹が、森全体の魔力を安定させている。
エルフェリアは、世界樹を中心に同心円状に広がる国だ」
ポルの声には、懐かしさと誇りが混じっていた。
草原が途切れ、森が始まる。
木々は高く、葉は淡く光り、風が枝葉を揺らすたびに魔力の粒が舞った。
レーネが目を輝かせる。
「……森が、生きてるみたい……」
「世界樹の魔力が流れていると聞きます」
カリムが答える。
森の中には水路が走り、さらさらと流れる音が心地よい。
木製の小さな橋がかかり、苔むした石畳が外環の街へと続いていた。
建物は木と石を組み合わせた丸みのある形で、
自然に溶け込むように建てられている。
アッシュは思わず息を呑んだ。
砂漠の荒野とはまるで違う。
ここは、魔力と自然が調和した穏やかな世界だった。
ポルは森の入口で立ち止まり、深く息を吸った。
「……三十年ぶりだ。
変わっていないようで、変わっているようでもあるな」
その横顔は、どこか少年のようだった。
懐かしさと、帰ってきた者だけが抱く静かな緊張が混じっている。
アッシュはその表情を見て、
この街がポルにとってどれほど大切なのかを感じ取った。
四人は橋を渡り、
世界樹の影に守られた森と水の都──エルフェリアへと足を踏み入れた。




