扉
ギギギ……。
空が、裂けている。雲が割れているのではない。空という空間そのものが左右に引き裂かれ、その向こう側に揺らいだ暗黒が見えていた。
何もない。いや、何かが、いる。
途方もなく巨大な何かが、裂け目の奥からこちら側を覗き込んでいるような、おぞましい気配。
ラオの顔から、いつもの気だるさが完全に消え失せていた。
「……全員、動くな」
六人のエリイがピタリと固まる。
「……すごいの、来る?」
「分からない」
「分からないって、ラオくんでも!?」
「分からないものは、分からない」
ギギギギギ……。
裂け目がさらに広がる。その奥で、巨大な影が揺らぎ、ゆっくりとこちらへ近づいてくるのが分かった。
(やばい。今度こそ、本当にやばいやつだ)
本体のエリイが冷や汗を流す横で、赤のエリイが震え声を上げる。
「魔王……?」
「魔王より、大きい……」
青が青ざめて首を振り、黄が絶望したように空を見上げた。
「じゃあ、神?」
ラオが険しい目を細める。
「……違う。これは――」
全員が息を呑んだ、その瞬間。
ひらり。
空の裂け目から、一枚の紙が落ちてきた。
ひらひら。くるくる。
そして――エリイの頭に、ぺちっと乗った。
「……」
紙が地面に落ちる。エリイは恐る恐るそれを拾い上げた。
灰色で、薄くて、妙に安っぽい。どう見ても、学校で配られるわら半紙だった。
「……これ、なに?」
ラオが紙を見て、しばらく黙り込む。
「……読め」
「私が!?」
「お前に落ちたから」
「そんな理由!?」
理不尽さに抗議しつつも、エリイは震える手で紙を広げた。
そこには、鉛筆で。ものすごく雑な、ひらがなだらけの字で、こう書かれていた。
『つうたつぶん
ラオくんとエリイちゃんはこっちにきて
エリイはだれかひとり』
沈黙。
「……」
「……」
虹、赤、青、黄、緑、桃。そして本体。
全員がラオを見つめ、ラオももう一度紙の文字を読んだ。
「……エリイは、だれかひとり」
「そこ!」
エリイがわら半紙を力いっぱい指差す。
「そこが怖いの!」
「……確かに」
「誰でもいいってことだよ!?」
「そういう意味だろうな」
「なんでそんな適当なの!?」
「俺に聞くな」
上空の裂け目は、相変わらずギギギ……と不気味な音を立てている。向こう側にはとんでもない化け物がいるはずだ。なのに、手元にあるのは小学校の回覧板みたいな適当な紙。
「……これ、本当に大丈夫?」
「大丈夫じゃないと思う」
「だよねぇ!」
エリイはわら半紙を握りしめ、ふと、隣に並ぶ六人の分身たちを見た。
そして、主人公にあるまじき提案を声高に叫んだ。
「じゃんけんしよう!」
沈黙。
「え……」
青がドン引きした顔で一歩下がる。
「嘘……」
緑が軽蔑の目を向ける。
「ださ」
赤が容赦なく吐き捨てた。
その冷ややかな空気の中、残る分身たちが目配せをし、素早く動いた。
「虹っ子の出番よ!」
見事な連携プレイだった。四人の分身が虹エリイだけを前に押し出し、自分たちはさっと安全圏へと下がる。完全に虹エリイを生贄に仕立て上げる構えである。
「え〜」
不満げに唇を尖らせる虹エリイ。
こうして、なぜか「本体のエリイ」と「虹のエリイ」による、負けた方が次元の裂け目に放り込まれる一騎打ちのじゃんけん勝負が開催されることになった。
だが、結果はやる前から全員がなんとなく悟っていた。
「じゃーんけーん……」
「ぽんっ!」
虹エリイの満面の笑みと、有無を言わさぬ凄まじいオーラ。それに完全に気圧された本体のエリイは、震える手で弱々しくチョキを出し――虹エリイの力強いグーに粉砕された。
「あ」
エリイが膝から崩れ落ちる。
「じゃ、行ってらっしゃーい!」
虹エリイが楽しげに手を振った、次の瞬間。
ズォンッ!!
凄まじい引力が働き、敗北した本体のエリイと、完全に巻き添えを食らったラオの体がふわりと宙に浮いた。
「えっ、ちょ、待っ――いやぁぁぁぁぁ!!」
「……理不尽すぎるだろ」
空の裂け目へと物凄い勢いで吸い込まれていく二人の声が、虚空にむなしく響き渡った。




