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3/10

岩戸

少女は拳を握った。

「やるならやらねば!」

老軍師が首を傾げる。

「何をでございます?」

「宴会を!」

言い切った。老軍師は目を見開き、勝手に感動している。

「おお……この休息に、それほどの意味が……」

少女は勢いよく馬車を指差した。沈黙。爆裂団の男たちが顔を見合わせ、馬車の中を覗き込む。

「酒なんて積んでるはず……あった」

「あったな」

「あったわ」

誰も積んだ覚えはない。だが、確かに酒樽が存在している。

「これはセーフ!」

「は?」

「いや、なんでも」


やがて酒が配られる。最初は厳粛だった。兵士たちは震える手で杯を受け取り、誰も大声を出さない。全員が神聖な儀式だと思っていた。

五分後までは。

「美味い!」

誰かが叫んだ。

「いや、ありがたき幸せ……!」

「うむ。女神様の御神酒だ。一滴たりとも零すなよ」

隣の男が酒を飲む。

「……いや、これ普通に美味いな?」

「めちゃくちゃ美味いぞ! おかわり!」

堰を切ったように空気が変わる。爆裂団の男が樽を担ぎ上げた。

「ガハハハハ! 呑め呑め!」

歓声が上がる。歌う者、踊る者、泣く者、抱き合う者。宴会はあっという間に収拾がつかなくなった。少女は焚火の近くで小さくなっていた。


「おお、女神様!」

酔った兵士が近づいてくる。

「なんと麗しい! お髪は黄金の輝き!」

「お瞳は星の如し!」

少女は引きつった笑みを浮かべた。

「ううっ……セクハラ展開……」

『バカなの?』

頭の中に聞き慣れた声が響き、エリイはたまらず岩戸のなかに閉じこもった。

『それ順番逆だし』


岩の隙間に身を隠したエリイは、震える手でポケットを探った。

「あった……」

小さな缶をカラカラと振り、無理やり赤いキャンディを出す。口へ放り込み、ころりと舌の上で転がした。甘い。

そして――世界が反転した。

ガラガラガラッ!! 岩陰が吹き飛ぶ。

周囲が一斉に振り向いた。そこに立っていたのは先ほどまでの少女ではない。長い黄金の髪、整いすぎた顔立ち。成熟した女性の姿。

ただ美しいだけではない、圧倒的な格の違いがあった。泥酔の爆裂団すら口を閉じる中、女は静かに周囲を見回して言った。

「時計の入ったオレンジは、おいしくないでしょう?」

「は?」

「……完全な楽園は、人を壊します」

「え? 真面目?」

「苦しみを消し去り、悩みを取り除き、失敗すら存在しない世界を作ることは可能です」

「可能なんだ……」

誰もがそっちに驚いた。女は小さく首を振る。

「ですが、それでは人は人でなくなる。作られた幸福は檻です」

静かな声だった。

「我々はどう生きるべきなのでしょう」

老軍師が震えながら口を開く。

「私もわかりません」

「私にも分かりません」

女は遠い目をして、二度答えた。


その時だった。ゴゴゴゴゴゴゴ……!! 大地が震えた。女の顔が引きつる。

「あっ」

嫌な予感しかしない声だった。

「ああっ来た!」

空から弾む声が響き渡る。

『そんなことぉ……やってみ、なけりゃ分っかんなぃいいい~っ!!』

次の瞬間、空が美しすぎる程に真っ青に広まった。赤い空も黒雲も荒野も消え、草原が広がり、花が咲き、川が流れる。

虹が架かる。一本。二本。三本。

「待って」

増える。

「やめて!」

さらに増える。虹は十本を超えた。兵士たちはまた感動していた。

「おお……!」「奇跡だ……!」「美しい……!」

エリイだけが顔面蒼白だった。いつの間にか少女の姿に戻っている。虹の先端がこちらへ向かってどんどん近づいてくる。

そして虹の向こうから、何かが走ってきた。

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

現われたのは、エリイと瓜二つの少女だった。

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