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第99話 帰還と方針


リリスノアの城門が見えた時、ユアンは思わず馬車の窓から身を乗り出していた。


「帰ってきたな」


「にゃー! 我が家にゃ!」


フィアが嬉しそうに尻尾を振る。エルナもルーチェも、安堵の表情を浮かべている。長い旅だった。だが、その分だけ得たものも大きい。


城門をくぐると、見覚えのある顔が並んでいた。ベリル、ゼクス、ゲンマ、ドルガの四天王に、バルザック、テオバルト。そして、玉座から立ち上がるリリスの姿も見える。


「――戻ったか、ユアン」


リリスの声が、広い玄関ホールに響く。ユアンは馬車を降り、深く一礼した。


「ただいま戻りました、リリス様。巡回の任務、完了しました」


「うむ。報告は、後で聞こう。まずは、ゆっくり休め。……と言いたいところだが、そうもいかん。すぐに会議だ。四天王も揃っている」


「わかりました」


ユアンは振り返り、三人に頷いた。エルナ、ルーチェ、フィアも、それぞれの覚悟を決めた顔で頷き返す。


玉座の間には、主要メンバーが勢揃いしていた。リリスが玉座に座り、四天王が左右に控える。ユアンたちは中央に立った。


「まずは、国のおおよその状況を報告しよう」


ベリルが一歩前に出て、羊皮紙を広げた。


「巡回の間、リリスノアは大きな問題もなく推移した。医療区画はルーチェが育成したスタッフが完璧に運営し、患者数は増えているが対応できている。各国との外交も良好。イストリア、ガルム、ガンドリア、セレンディアとの同盟は強化され、新たに二つの小国が友好条約を結びたいと申し出てきている」


「二つの小国」


「ああ。君たちの巡回の噂が、各国に届いている。特に、ヴァルナの水道浄化、ミラの海の沸騰解決、ノルドハイムの熱暴走の鎮静化。これらの功績が、リリスノアの名声をさらに高めている」


「そうか」


ユアンは、少しだけ照れくさそうに頷いた。自分の功績というより、仲間たちの力だと思っている。だが、その仲間たちが成長したのも、この旅のおかげだ。


「だが、問題もある」


ベリルが、声のトーンを落とした。


「一つは、聖遺物の残存。君たちが浄化して回っているが、大陸全土にはまだ相当数の聖遺物が眠っている。それらが再び暴走する可能性は高い。二つ目は、奴隷売買の拡大。アギロスで摘発した一件以外にも、各地で奴隷商人の活動が活発化している。三つ目は、孤児の増加。戦争や貧困で親を失う子供が後を絶たない」


「どれも、俺たちが旅で見てきた問題だ」


ユアンは頷いた。


「ならば、意見を聞かせてくれ。お前たちが旅で得た知見を、国政に反映させたい」


リリスが静かに言った。ユアンは、三人を見た。エルナが小さく頷き、ルーチェが聖印を握り、フィアが尻尾を立てる。


「まず、聖遺物対策です。各地を回って思ったのは、聖遺物の所在が把握できていないことです。聖教会が管理していた記録も、散逸している。だから、専門の捜索部隊を作り、大陸全土の聖遺物を一つずつ確認して回るべきです。浄化は俺がやりますが、捜索と警備は専門の人員が必要です」


「なるほど。ゲンマ、お前の情報網で、聖遺物の所在を洗い出せるか」


「可能です。ただし、時間はかかります。大陸全土となれば、半年は見ていただきたい」


「それで構わん。ユアン、続けろ」


「次に、奴隷売買の対策です。アギロスでフィアが摘発しましたが、あれは氷山の一角です。奴隷商人は、聖教会の衰退で統制が緩んだ地域を狙って活動しています。だから、各国と連携した監視網を作りたい。リリスノアが中心となって、奴隷売買の情報を共有し、摘発にあたる仕組みです」


「フィア。お前が現場を見た感想は」


リリスがフィアに問いかけた。フィアは一歩前に出た。


「はいにゃ。奴隷商人たちは、弱い者を狙ってるにゃ。特に、戦争で家を失った者、魔族や獣人への差別がある地域にゃ。だから、そういう場所を重点的に監視する必要があるにゃ。あと、奴隷にされそうになった人を保護する場所も必要にゃ。あたしみたいに、助けを待ってる人がいるにゃ」


「わかった。保護施設の設置も含めて、制度を設計しろ。ベリル、ドルガ、協力しろ」


「「御意」」


「それから、孤児の問題です」


今度はルーチェが口を開いた。少し緊張しているが、声はしっかりしている。


「私は旅の中で、たくさんの孤児院を訪ねました。どこも、資金と人が足りていません。そして、そこで暮らす子供たちは、学ぶ機会も、未来への希望も失っています。だから、リリスノアが中心となって、孤児院の支援制度を作りたいんです。資金援助だけでなく、教育の機会も提供する。……私、学校を作りたいんです。誰でも学べる、無償の学校を」


「学校か」


リリスが興味深そうに身を乗り出した。


「はい。癒やしは、身体の傷を治すだけじゃない。学ぶ機会を失うことも、心の傷になる。だから、教育も、リリスノアが担うべき癒やしの一つだと思うんです」


「エルナ。お前の意見は」


「私も賛成です。旅の中で、各地の魔導書や技術を見てきましたが、それらは一部の特権階級にしか伝わっていません。知識を広く共有すれば、もっと多くの人が自分で自分を癒やせるようになる。それに、技術者や研究者を育てることは、リリスノアの発展にも繋がります」


「よし。ルーチェ、エルナ。二人で教育制度の素案を作れ」


「「はい!」」


「最後に、交易路の整備です」


ユアンが言った。


「旅の中で、物資の流通が滞っている地域をたくさん見ました。それによって、薬草や食料が不足し、人々の生活が圧迫されている。リリスノアと各国を結ぶ交易路を整備し、物資が安定して流通する仕組みを作りたい。それも、リリスノアが中心となって」


「物流か。ドルガ、お前の出番だな」


「任せてください。軍事畑の俺ですが、兵站の知識なら役に立ちます。各国との交渉も引き受けましょう」


「よし。では、方針をまとめる」


リリスが立ち上がり、全員を見渡した。


「第一に、聖遺物の捜索と浄化の専門部隊を設立する。指揮はゲンマ。浄化はユアンが担当する。第二に、奴隷売買の監視網と保護施設の設置。指揮はベリルとドルガ、現場はフィアが担当する。第三に、教育制度の確立。学校の設立を含め、ルーチェとエルナが中心となって進める。第四に、交易路の整備。ドルガが各国との交渉にあたる。……異論は」


「ありません」


四天王が一斉に答える。ユアンも、深く頷いた。


「ユアン。お前は、これらの全てに関わる。特に、聖遺物の浄化と、新しい学校での癒やしの技術の教育を頼む」


「はい、リリス様」


「それから、お前たち四人には、新しい役職を用意する」


リリスが、にやりと笑った。


「ユアン。お前を『リリスノア医療・教育・福祉統括顧問』に任命する。エルナ、ルーチェ、フィア。お前たち三人を、それぞれ『医療顧問』『教育顧問』『保安顧問』とする。……要するに、今まで通りだが、正式な肩書きだ」


「り、リリス様。そんな大げさな」


「大げさではない。お前たちは、この国の中枢だ。それに見合う肩書きが必要だ。……異論はないな」


「……ありません」


「よし。では、これにて会議を終了する。ユアンたちは、しばらく休め。そして、新しい仕事に備えよ。……国は、これからさらに大きくなる。お前たちの力が必要だ」


「「「御意!」」」


こうして、リリスノアの新たな方針が決まった。聖遺物の捜索、奴隷売買の監視、教育の充実、交易路の整備。どれも、ユアンたちが旅で見つけた問題だ。それを、国として解決していく。ユアンは、自分の役割の大きさに、少しだけ怖さを感じながらも、同時に、大きなやりがいを感じていた。


(俺は、回復術師だ。でも、今は、国を癒やす仕事もしている。それも、悪くない。……仲間がいるから、頑張れる)


玉座の間を出ると、バルザックが待っていた。


「おう、ユアン。久しぶりだな。……飯、食っていけ。お前たちの帰りを祝って、とびきりのごちそうを作ってやったぞ」


「ありがとう、料理長。……みんな、腹ペコだ」


「にゃー! 料理長のごはんにゃ!」


「フィアさん、はしゃぎすぎですよ」


「いいじゃない。今日は、お祝いなんだから」


エルナが笑い、ルーチェも笑う。ユアンは、その笑顔を見て、思った。この城に帰ってきた。この仲間がいる。それが、何よりの癒やしだと。


「さあ、行こう。新しい日常が、待ってる」


四人は、食堂へと歩き出した。その足取りは、軽やかだった。


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