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第100話 地方の声を国政へ


翌朝。ユアンは朝食の味噌汁を配り終えると、その足で玉座の間へ向かった。


今日は、正式な政策会議だ。昨晩の顔合わせとは違い、各省の実務責任者も加わる。ユアンは昨夜、寝る間を惜しんで書き溜めた報告書を胸に抱えていた。地方を巡って見たこと、聞いたこと、感じたこと。それを、今日は正式に国政へ反映させる番だった。


「――揃ったな」


リリスが玉座から立ち上がる。ベリル、ゼクス、ゲンマ、ドルガの四天王に、バルザック、テオバルト、そしてエルナ、ルーチェ、フィアも同席している。


「ユアン。まずは、お前の報告から聞こう。地方を巡って、何を見た」


ユアンは一歩前に出た。報告書を開き、静かに語り始める。


「まず、正直に言います。この国の理念は素晴らしい。誰も見捨てない、誰も傷つけない。でも、地方を回って、その理念と現実の間に、大きな溝があることを痛感しました」


会議室が静まり返る。リリスは何も言わず、先を促した。


「一番大きかったのは、情報の偏りです。リリスノアの理念も、医療派遣制度も、中央では知られていても、地方の村々には届いていませんでした。偽の診療所が出回ったのも、本物の制度が知られていなかったからです。だから、情報を届ける仕組みが必要です。各地にリリスノアの広報拠点を作り、制度の内容を周知する。偽物が出る余地をなくすんです」


「ふむ。ゲンマ、どうだ」


「可能です。各地の間者網を広報網として転用できます。ただし、人員の増強が必要です。予算をいただければ、すぐにでも」


「後で詰めよう。ユアン、続けろ」


「次に、医療スタッフの偏在です。医療区画のスタッフは中央に集中している。地方には、まだまだ足りません。特に、私が直接治療した患者の中には、手遅れになりかけた人が何人もいました。あと数日遅れていたら、命を落としていたかもしれない。そういう人たちを一人でも減らすため、地方の診療所を増やし、スタッフを育成する仕組みが必要です」


「ルーチェ。お前の意見は」


リリスがルーチェを見た。ルーチェは緊張した面持ちで、それでもしっかりと口を開いた。


「はい。私は旅の中で、各地の診療所を回りました。どの診療所も、人手と薬が足りていません。でも、スタッフの方々はとても熱心で、少しの訓練で、もっと多くの命を救えるようになると感じました。だから、現地のスタッフを育成する仕組みを作りたいんです。リリスノアから講師を派遣する。現地で学べる場を作る。それで、中央に頼りきらない医療体制を目指したい」


「よし。教育制度と併せて、人材育成の計画を立てろ。エルナ、お前も加われ」


「はい。私も旅で、各地の技術者の方々と話しました。彼らは熱心ですが、最新の知識に触れる機会がありません。リリスノアの技術を共有すれば、現地でできることは格段に増えます。それに、技術者を育てることは、交易路の整備にも繋がります。道路や水道の整備を、現地の技術者と共に進められる」


「わかった。では、教育と技術者の育成は、エルナとルーチェを中心に進めろ。予算はドルガ、お前が調整しろ」


「承知しました」


「あと、一つだけ、政治的な提案があります」


ユアンが言うと、リリスが片眉を上げた。


「申してみよ」


「地方の声を、国政に直接届ける仕組みを作りたい。今のままでは、中央の判断が地方の実情とずれる危険があります。だから、各地の代表者を集めた『地方評議会』のようなものを設置して、定期的に意見を聞く場を作る。それで、政策が現場から浮き上がるのを防ぎたいんです」


「地方評議会、か。面白い。だが、代表者はどう選ぶ。貴族や有力者ばかりになれば、地方の声とは程遠いものになるぞ」


「そこです。代表者には、必ず医療や教育の現場で働く者を含めたい。医師、教師、農民、商人。様々な立場の者を、バランスよく。選定の基準は、ベリルに相談して厳密に作ります」


「わかった。ベリル、ユアンと共に設計しろ。試行錯誤が必要だ。まずは二つの地域で試行し、問題点を洗い出せ」


「御意」


リリスは、満足そうに頷いた。


「ユアン。お前は、地方を回って、多くのことを学んだな。政治の仕事も、癒やしの一つだと、そう思っているようだ」


「はい。俺は回復術師です。でも、傷を癒やすだけが癒やしじゃない。傷が生まれない社会を作ることも、癒やしだと、今は思っています。だから、政治も、俺の仕事だと思っています」


「うむ。その心意気、忘れるな。……では、方針をまとめる」


リリスが立ち上がり、全員を見渡した。


「第一に、広報網の整備。ゲンマ、予算を計上しろ。第二に、地方の診療所拡充と人材育成。ルーチェとエルナを中心に計画せよ。第三に、技術者育成と交易路の整備。ドルガが予算を調整し、エルナが技術指導を担当する。第四に、地方評議会の設置。ベリルとユアンが設計し、試行する。……すべて、来月までに素案を提出せよ」


「「「御意!」」」


「ユアン。お前は、これら全てに関わる。特に、地方評議会の設計と、現地のスタッフへの癒やしの技術の教育を頼む。……忙しくなるぞ」


「構いません。それが、俺の仕事ですから」


「よし。では、これにて会議を終了する。……ユアン。エルナ。ルーチェ。フィア。お前たちは、今日はゆっくり休め。明日から、また忙しくなる」


「「「はい!」」」


会議が終わると、ユアンは深く息を吐いた。だが、その顔には充実感があった。地方で見た問題を、国政に反映できる。その手応えが、確かにあった。


「ユアン。お疲れさま」


エルナが、そっと隣に立った。


「ああ。お前も、よく意見を言ってくれたな。助かった」


「あなたが、私たちの意見を聞いてくれるから。あなたが、一人で抱え込まないから。……だから、私も、意見を言えるの」


「そうか。なら、これからも、どんどん言ってくれ。俺一人じゃ、気づかないことがたくさんあるから」


「ええ。任せて」


ルーチェとフィアも、近づいてくる。


「先生。私、もっと勉強します。地方の医療のために、何ができるか。先生と一緒に、考えたいです」


「あたしもにゃ! 地方の警備も、もっとしっかりしなきゃにゃ。奴隷商人に、誰も狙われないようににゃ!」


「みんな、頼もしいな」


ユアンは、三人を見渡した。エルナの青い瞳、ルーチェの潤んだ目、フィアの大きな瞳。そのどれもが、まっすぐにユアンを見つめている。


「これからも、よろしくな」


「「「こちらこそ!」」」


四人の笑い声が、玉座の間に響く。リリスは、その様子を、静かに見守っていた。


(ユアン。お前は、本当に、この国の希望だ。お前がいるから、この国は、前に進める。……我は、お前に、何度でも言おう。感謝している、と)


リリスは、小さく笑みを浮かべた。そして、静かに玉座を後にした。国の新しい一日が、始まろうとしていた。


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