↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
98/101

第98話 旅の終わりと始まり


ノルドハイムを発ってから、さらに十日が過ぎた。


巡回の旅は、最終盤に差し掛かっていた。ベリルが組んだルートの最後の目的地は、イストリア王国の南西に位置する小さな村、エルダーン。人口は三百人ほどの、静かな農村だ。


「最後の村にゃ」


フィアが馬車の窓から身を乗り出して言った。麦畑が広がり、遠くに風車が見える。のどかな風景だ。だが、ユアンは油断しなかった。これまでの旅で、どんなに小さな村にも、誰かの痛みがあることを学んできた。


「エルナ。この村の情報は」


「ベリルの報告によると、特に大きな問題はないみたい。強いて言えば、若い者が街に出て行って、高齢者ばかりになっていることかしら」


「過疎か。それも、一つの痛みだな」


「そうね。でも、私たちにできることは限られているわ。まずは、村の人たちに会ってみましょう」


村に着くと、すぐに村長の家を訪ねた。村長は七十を超えた老人で、孫娘と二人で暮らしているという。


「ユアン様。よく来てくださいました。ですが、この村には、あなたに治してもらうような重い病の者はおりませんよ」


「それでも、何か困っていることはありませんか」


「困っていること。そうですね。強いて言えば、若い者がいないことです。この村で生まれた子供たちは、みんな街に出て行ってしまう。それは、この村の宿命のようなものです」


「寂しい、ですか」


「寂しい、ですか。そうですね。寂しい、かもしれません」


村長は、少しだけ寂しそうに笑った。ユアンは、その笑顔を見て、思った。この村には、治すべき傷がある。それは、身体の傷ではなく、心の傷だ。


「村長さん。俺たち、しばらくこの村に滞在してもいいですか」


「え。ですが、あなた方のような方が、こんな小さな村に」


「俺たちは、癒やしを届けるために旅をしています。それは、病を治すことだけじゃない。誰かの寂しさに寄り添うことも、俺たちの仕事です」


村長は、しばらくユアンを見つめていた。そして、深く頷いた。


「……わかりました。たいしたもてなしはできませんが、どうぞ、ごゆっくり」


それから三日間、ユアンたちは村に滞在した。ユアンは村の古老たちの話し相手になり、エルナは風車の修繕を手伝い、ルーチェは子供たちに聖光を見せて遊び、フィアは村の猫たちと友達になった。


「ユアン。あたし、この村、好きにゃ」


「そうか」


「うん。静かで、あったかくて。ユアンも、そう思うにゃ」


「ああ。俺も、好きだよ。この村には、俺たちが癒やせるものが、たくさんある」


「でも、もうすぐ旅が終わるにゃ」


「そうだな」


ユアンは、少しだけ寂しそうに笑った。この旅で、たくさんの人を救ってきた。それは、間違いなく、自分の糧になっている。だが、旅が終われば、またリリスノアでの日常が待っている。それも、悪くはない。だが、この仲間との旅は、もっと続いていてほしいと思ってしまう自分がいた。


「ユアン。あたし、思うにゃ。旅が終わっても、あたしたちは一緒にゃ」


「フィア」


「だって、あたしたちは、リリスノアの仲間だにゃ。旅が終わっても、ずっと一緒にいられるにゃ」


「……そうだな。そうだよな」


ユアンは、フィアの頭を撫でた。フィアは、気持ちよさそうに目を細める。


「ねえ、ユアン。最後の夜にゃ。みんなで、何かしようにゃ」


「何か、って」


「星を見るにゃ。この村の丘の上から、星がきれいに見えるって、村の子供が教えてくれたにゃ」


「星か。いいな」


その夜、四人は村の丘に登った。テオバルトも一緒だ。丘の上からは、村の灯りが小さく見え、その向こうに、満天の星が広がっている。


「すごい……」


ルーチェが、息を呑んだ。


「こんなに星がきれいなのは、久しぶりです」


「ええ。リリスノアでも、ここまで綺麗には見えないわ」


「にゃー。星が、いっぱいにゃ」


四人は、並んで座った。ユアンが真ん中で、その左にエルナ、右にルーチェ、フィアはユアンの膝の上に頭を乗せている。


「なあ、みんな」


「なに」


「この旅、楽しかったな」


「ええ。本当に」


「はい。たくさんの人を癒やせました」


「あたし、いっぱい美味しいもの食べたにゃ」


「フィアは、そればっかりだな」


「にゃはは。でも、楽しかったにゃ。ユアンと一緒だと、いつも楽しいにゃ」


「……ありがとう。俺も、楽しかったよ。お前たちと一緒だと、どんな問題も乗り越えられる。そう思えた」


「ユアン。それ、私たちのセリフよ」


エルナが、くすっと笑った。


「あなたが、私たちを導いてくれたから、私たちはここまで来られたの。あなたが、諦めなかったから、私たちも、諦めずに済んだの」


「エルナの言う通りです。先生が、いつも前を向いてくれたから、私も、前を向けました」


「あたしもにゃ。ユアンが、あたしを信じてくれたから、あたしは、自分を信じられるようになったにゃ」


「みんな」


ユアンは、三人の顔を見た。エルナの青い瞳、ルーチェの潤んだ目、フィアの大きな瞳。そのどれもが、ユアンをまっすぐに見つめている。


「……俺も、お前たちがいなかったら、ここまで来られなかった。お前たちが、支えてくれたから、俺は、誰かを癒やし続けられた。本当に、ありがとう」


「お礼なんて、いいわ」


「そうだにゃ。あたしたちは、ユアンの仲間だにゃ」


「はい。それに、これからも一緒です」


「……ああ。これからも、よろしくな」


四人は、夜空を見上げた。星が、静かに輝いている。この旅は、終わる。でも、新しい旅は、これから始まる。それは、リリスノアでの日常であり、新しい国を創る日々であり、そして、この仲間との、終わらない物語。


「なあ、エルナ。ルーチェ。フィア」


「なに」


「これからも、たくさんの人を癒やそう。リリスノアで、この大陸で、どこまでも」


「もちろんよ」


「はい、先生」


「当たり前にゃ」


三人の声が、夜空に溶けていく。ユアンは、その声を、胸の奥に刻んだ。この瞬間を、忘れない。そう、思った。


翌朝、一行はエルダーンを発った。村長と村の人々が、総出で見送ってくれた。


「ユアン様。また来てください」


「必ず来ます。それまで、お元気で」


ユアンは、手を振った。馬車が動き出す。村が、遠ざかっていく。フィアが、窓から手を振り返している。エルナとルーチェも、静かに手を振った。


「さあ、リリスノアに帰るぞ」


「「「おー!」」」


馬車は、リリスノアへの道を進んだ。旅の終わり。そして、新しい始まり。ユアンの胸には、確かな充実感があった。自分は、この旅で、たくさんの人を癒やした。そして、仲間との絆を、さらに深めた。それは、何にも代えがたい宝物だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。