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第97話 氷の指揮官


山岳地帯を抜けた先、一行は灼熱の街に出くわした。


地図では「ノルドハイム」と記された中規模都市。だが、街を覆う空気は異様に熱く、遠目にも地面から陽炎が立ち上っている。街の入り口には、ぐったりと座り込んだ住民たちがいた。


「どうしたんですか」


ユアンが声をかけると、一人の男が顔を上げた。唇は乾き、肌は赤く焼けている。


「聖遺物が……教会の聖遺物が暴走して、街の地下から熱を放ち始めたんです。もう三日も。水は沸騰するし、作物は枯れるし、倒れる者が後を絶たなくて」


「聖遺物が熱を」


ユアンは振り返った。エルナがすでに街の中心を見つめ、何かを計算している。


「エルナ」


「わかってる。この熱、聖属性の暴走ね。でも普通の聖遺物じゃない。熱を放出するタイプの、古代の遺物よ。おそらく地下深くに安置されていたのが、何かの拍子に目覚めた」


「鎮められるか」


「……私一人じゃ無理。この規模の熱を中和するには、広範囲の冷却魔法を同時に展開しなきゃいけない。でも」


エルナはユアンを見た。その目は、静かに燃えていた。


「あなたの魔力支援があれば、できる。それに、ルーチェの聖属性で聖遺物の精神干渉を防げれば、私の魔法が届く。フィアが正確な位置を特定してくれれば、無駄なく冷却できる」


「つまり、お前が指揮を執るのか」


「そうよ。文句ある」


「ない。むしろ頼もしい」


エルナは少しだけ口元を緩め、すぐに表情を引き締めた。


「作戦を立てる。フィア、地下の聖遺物の正確な位置を。熱源の中心よ。ルーチェ、街の人たちを安全な場所へ避難させて、そのあと私の支援に回って。ユアン、私の魔力回路を最適化して。それと、冷却中の俺の身体を守って」


「わかった」


「あと、テオバルトさん。街の外れで待機していて。もし冷却が失敗したら、私の代わりに街の人たちを避難させて」


「承知した」


テオバルトが静かに頷く。エルナは全員の顔を見渡し、深く息を吸った。


「行くわよ」


フィアが地下へ潜り、数分で戻ってきた。


「エルナ。街の中心、ちょうど噴水の真下に聖遺物があるにゃ。それも一つじゃない。三つにゃ。三角形に並んでて、互いに共鳴してるにゃ」


「三角形。なら冷却も三方向から同時に。ルーチェ」


「はい。避難完了しました。全員、街の外れの丘に」


「よし。ユアン」


「ああ。――《修復術式拡張・魔力回路最適化》」


ユアンの銀色の光がエルナを包み込む。彼女の魔力回路が最適化され、出力が倍増する。エルナは両手を地面に当て、詠唱を始めた。


「――《絶対零度展開・三角冷却》」


三方向から同時に氷の波動が放たれる。地下の三つの聖遺物を、それぞれ別の角度から冷却し、共鳴を断ち切る。だが、聖遺物は抵抗した。地下からさらなる熱が噴き上がり、エルナの冷却を押し返そうとする。


「……っ、強い。でも、負けない」


エルナの額から汗が噴き出す。ユアンは彼女の背中に手を当て、魔力を送り続けた。ルーチェが聖光を放ち、聖遺物の精神干渉を和らげる。フィアが周囲の熱気を吸収して、エルナの負担を減らす。


「エルナさん。あと少しです」


「わかってる」


エルナは歯を食いしばり、さらに魔力を注ぎ込んだ。氷の波動が聖遺物を完全に包み込み、その活動を停止させる。同時に、街を覆っていた熱気が、すうっと引いていった。


「……終わった」


エルナが地面に手をつく。ユアンがすぐに彼女を支えた。


「よくやった、エルナ」


「あなたの支援が、あったから」


「お前の指揮が、見事だった」


エルナは、少しだけ照れくさそうに笑った。街の人々が、丘の上から戻ってくる。恐る恐るといった様子で、地面に触れ、空気を吸い、そして歓声を上げた。


「熱が消えた!」「水が、水が普通に飲める!」「助かった。助かったんだ」


住民たちが、エルナの周りに集まってくる。


「エルナ様。あなたが、私たちを救ってくれたんですね」


「エルナ様。ありがとうございます」


「エルナ様」


エルナは、その声に包まれ、少しだけ戸惑ったように、ユアンを見た。ユアンは頷いた。


「お前の力だ。誇っていい」


「……そうね。私の力よ」


エルナは、住民たちに向き直り、静かに言った。


「私は、リリスノアの魔法医療顧問、エルナ。この街を救ったのは、私だけじゃない。ユアンが魔力を支えてくれた。ルーチェが聖遺物の干渉を防いでくれた。フィアが正確な位置を教えてくれた。テオバルトさんが避難を助けてくれた。みんなの力よ」


「でも、指揮を執ったのはあなたです」


「そうね。私が、指揮を執った。……だから、責任を持って言える。この街は、もう大丈夫。私たちが、守ったの」


エルナの声は、静かだったが、力強かった。住民たちが、一斉に拍手を送る。エルナは、その拍手を、まっすぐに受けた。


(私、成長したんだな。昔は、リオンの後ろで、何も言えなかった。ユアンをかばうこともできなかった。でも、今は、自分で判断して、自分で指揮を執って、みんなを守った。……ユアン。あなたが、私を変えたのよ)


その夜、一行は街の宿に泊めてもらった。エルナは、住民たちに囲まれ、水質管理の方法や、冷却魔法の基礎を教えていた。その姿は、かつての、引っ込み思案な貴族の娘とは、まるで別人だった。


「エルナさん。すごく、生き生きしてますね」


ルーチェが、ユアンに小声で言った。


「ああ。エルナは、本来、こういう人間なんだ。自分の知識と力で、誰かの役に立つのが、一番似合う」


「そうですね。私も、見習わなきゃ」


「お前はもう、十分すごいよ」


「えへへ。ありがとうございます、先生」


フィアが、エルナの隣に座り、彼女の話に耳を傾けている。エルナは、フィアの頭を撫でながら、楽しそうに笑っていた。


「ユアン。エルナ、かっこよかったにゃ」


「ああ。お前も、ルーチェも、みんな、どんどん強くなってる。俺も、負けてられないな」


「ユアンは、もう十分強いにゃ。でも、もっと強くなるにゃ。あたしたちの、リーダーにゃ」


「……そうだな。みんなが強くなるなら、俺も、もっと強くならなきゃな」


ユアンは、三人の姿を見つめながら、静かに笑った。この旅は、自分たちを成長させる旅でもある。一つの街を救うたびに、誰かが強くなっていく。それが、何より嬉しかった。


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