第91話 広がる名前
朝、宿を出るとすぐに声をかけられた。
「あ。あなたたち、ユアン様の一行じゃない」
宿の前で洗濯物を干していた女性が手を止めて言った。その目はユアンだけでなくエルナ、ルーチェ、フィアを順番に見ている。
「え」
ユアンが立ち止まると女性は洗濯物を置いて駆け寄ってきた。
「昨日、水道を直してくれたんでしょ。それに診療所で子供たちを治してくれたって。うちの子も熱が下がって助かったの。ありがとうございます」
「いえ、俺は」
「あなたがユアン様ね。世界を癒やしたヒーラーだって聞いたわ。でもこの人たちもすごいのよ。氷の魔導師のエルナ様。水を浄化したんでしょ。それと聖女様。診療所で子供たちを治してくれたって。それから猫耳のメイドさん。地下水路の破損を見つけたんだって」
「にゃ。あたしのことも知ってるにゃ」
フィアが尻尾を振って喜ぶ。
「ええ。街中で噂になってるわ。リリスノアのユアン様一行は四人で来るって。みんながあなたたちの話をしてる」
「そんなに広まってるの」
エルナが少し照れたように言った。
「当たり前よ。あなたたち、この街を救ったんだもの。それにリリスノアの話も聞いてるわ。魔王軍が人間と魔族の共存国家を作ったって。信じられなかったけど、あなたたちを見て納得した」
「納得、ですか」
ルーチェが首をかしげる。
「ええ。だって四人とも、人間と魔族が混ざってるでしょ。それなのに仲が良さそうで。それを見て、リリスノアの話は本当なんだって思ったの」
ユアンは三人を見た。エルナはエルフと人間のハーフ。ルーチェは人間。フィアは魔族と人間のハーフ。自分は人間。確かに四人は多様だ。でもそれが当たり前になっている。リリスノアでは。
「ありがとうございます。俺たちはただ、目の前の人を癒やしているだけですけど」
「その『ただ』がどれだけすごいことか。あなたたちは知らないのね」
女性はそう言って笑った。
市場に出るとそこでも声をかけられた。薬草屋の主人が手を振っている。
「エルナ様。昨日はありがとう。あなたの浄化装置のおかげで商売が再開できました」
「いえ、私は装置を作っただけで」
「それで十分ですよ。あなたが氷魔法で水を浄化してくれなければ、この街の薬草は全部使い物にならなくなっていました」
隣の露店からはフィアが呼ばれた。
「猫耳のお嬢ちゃん。昨日は地下水路を案内してくれてありがとう。あんたのおかげで修理が早く終わった」
「どういたしましてにゃ」
「この干し肉をやるよ。あんたの鼻はすごいな。うちの猫より優秀だ」
「それは褒めてるにゃ?」
「最大限の褒め言葉だよ」
フィアは満更でもなさそうに干し肉を受け取った。ユアンはその光景を見て思った。自分たちは四人で動いている。でも街の人々は四人それぞれをちゃんと見てくれている。自分の活躍だけでなく、仲間の活躍も認められている。それが嬉しかった。
診療所に着くとルーチェが真っ先に声をかけられた。
「ルーチェ様。昨日は子供たちを治してくれてありがとう。私の息子もあんたに診てもらった一人よ」
「お子さんの具合はどうですか」
「おかげさまで。今朝から元気に走り回ってる」
「よかった」
「あなたの聖光は温かかった。教会の祈りよりもずっと。それを子供が言ってた」
「そんな」
ルーチェは照れてうつむいた。だがユアンは思った。ルーチェの聖属性医療は確かに劇的ではない。でも彼女の光は人々の心に届いている。それが何よりの証明だ。
午前の診療を終え四人は広場のベンチで昼食を取った。
「なんか変な感じだにゃ」
フィアがパンを頬張りながら言う。
「何が」
「だってあたしたち、そんなに有名になった覚えないにゃ。でも街の人たちがみんな名前を知ってるにゃ」
「そうね。私も驚いたわ。自分の名前を呼ばれた時は」
「私もです。聖女様って呼ばれて。でも私は聖女じゃないのに」
「ルーチェ。お前は聖女だよ。俺が保証する」
「先生」
「それにしてもだな。お前たちの名前が広まるのはわかる。でも俺はまだしも、なぜフィアの名前まで」
「失礼にゃ! あたしだって活躍してるにゃ!」
「ああ。してるよ。地下水路を見つけたのはお前だ。でも街の人が『猫耳のメイドさん』って呼ぶのはなんでだ」
「かわいいからにゃ」
「そういうことじゃなくて」
エルナが笑いながら言った。
「ユアン。あなたは自分のことになると鈍いのね。フィアは地下水路を一人で見つけたのよ。それにルーチェは診療所で何十人も治した。私だって浄化装置を一晩で作った。それぞれがちゃんと仕事をしたの。名前が広まるのは当然よ」
「……そうだな。ごめん。お前たちの力をちゃんと見てなかった」
「見てないわけじゃないわ。ただ、あなたはいつも自分のことを後回しにするから。私たちの功績を自分のことのように誇れないのよ」
「エルナの言う通りにゃ。ユアンはもっと自分たちを誇っていいにゃ。あたしたちはリリスノアの代表にゃ。それくらいの自覚を持つのにゃ」
「フィアに言われるとは思わなかった」
「どういう意味にゃ」
四人は笑った。午後の仕事に向かう道すがらユアンは考えた。自分は特別なことをしているつもりはない。ただ回復術師として当たり前のことをしているだけだ。でもその当たり前が、今や大陸中に知られている。そして自分だけでなく仲間たちの名前も。それは純粋に嬉しいことだった。
「なあ、みんな」
「なに」
「これからも四人で頑張ろう。リリスノアの名前を、もっと広めるために」
「当たり前よ」
「はい。私もついていきます」
「あたしはユアンの相棒にゃ。どこまでも行くにゃ」
三人の言葉にユアンはうなずいた。夕日が街を照らしている。自分たちの名前が広がるほど責任も大きくなる。でも仲間がいれば怖くない。そう思えた。




