第90話 休息の日
翌朝、ユアンは三人を広場に集めて宣言した。
「今日は休みにする」
「え」
ルーチェが目を丸くした。エルナも意外そうな顔をしている。フィアはすでに尻尾を振っていた。
「休みって。いいんですか」
「ああ。この街の問題は一段落した。水も安全になったし感染者もいない。あとは市の職員が引き継いでくれる。だから今日は、みんなでこの街を見て回ろう」
「にゃー! やったにゃ! ユアンが休みをくれるにゃ!」
「フィア、はしゃぎすぎよ。でも……たまにはいいわね」
「私、この街のことをもっと知りたいです。昨日は診療所ばかりでしたから」
「決まりだな。じゃあ行こう」
四人は宿を出た。朝の市場は活気に満ちている。昨日まで暗かった人々の表情も、今日は明るい。水が安全になったことで、商売も再開したのだ。
「ユアン様! 昨日はありがとうございました!」
「おかげで商売ができます!」
「いえ、俺じゃなくてこの三人が」
「ユアンは謙遜しすぎにゃ。あたしたちはユアンの指示で動いただけにゃ」
フィアがユアンの腕に抱きつく。エルナがその反対側に並びルーチェは後ろからついてくる。
「まずはどこに行く」
「あっちに塔があるにゃ。あれに登りたいにゃ」
「あれは時計塔ね。この街のシンボルらしいわ」
四人は時計塔に登った。階段は急だったがフィアが先導しエルナが時々氷で足場を固めルーチェが休み休み登るユアンを支えた。頂上からの眺めは素晴らしかった。
「すごい……」
街全体が見渡せる。整然とした区画。市場。住宅地。そして遠くには山脈と森。
「あの森の向こうがリリスノアにゃ」
「そうだな。ずいぶん遠くまで来た」
「ユアン。リリスノアのこと考えてた?」
エルナが隣に立って尋ねる。
「ああ。少しな。この街を見て思ったんだ。リリスノアもいつかこういう街になるんだろうなって。でもそのためにはもっと整備が必要だ。医療だけじゃなくて水道も道路も教育も」
「欲張りね」
「欲張りかな」
「いい意味でよ。あなたはいつも誰かのことを考えてる。それがあなたのいいところ」
「エルナこそ。お前がいてくれるから俺は安心して先のことを考えられる」
「……そう言われると照れるわ」
エルナは窓の外を見た。風が彼女の髪を揺らす。ルーチェが近づいてきた。
「先生。私、この街の子供たちと話してきたんです。みんな、学校がないって言ってました」
「学校が」
「はい。聖教会が運営していた学校も閉鎖されて。勉強したくてもできない子供たちがたくさんいます」
「リリスノアでも同じだな。医療区画は充実してきたけど教育はまだ手が回っていない」
「私、思うんです。癒やしって身体だけじゃないって。学ぶ機会を失うことも、心の傷になるんじゃないかって」
「ルーチェ」
ユアンは彼女を見た。その目は真剣だった。
「お前の言う通りだ。教育も癒やしの一部だ。リリスノアに学校を作ろう。医療区画と同じくらい力を入れて」
「本当ですか」
「ああ。ベリルと相談してみる。お前も手伝ってくれるか」
「はい! 喜んで!」
ルーチェは満面の笑みを見せた。フィアが塔の反対側から叫ぶ。
「ユアーン! あっちに変な店があるにゃ! すごく甘い匂いがするにゃ!」
「変な店?」
「行ってみるにゃ!」
四人は塔を降りてフィアの案内で路地裏へ入った。そこには小さな菓子店があった。店主は初老の女性で一人で飴細工を作っている。
「これは……すごい」
飴細工は動物や花の形をしていて繊細だった。フィアは猫の飴細工を見つけて目を輝かせている。
「にゃー! これあたしにそっくりにゃ!」
「似てないわよ。もっとかわいいわ」
「エルナひどいにゃ」
「エルナさん。フィアさん。喧嘩しないでください」
ユアンは店主に話しかけた。
「この飴細工、全部手作りですか」
「ええ。でも最近は材料が高くてね。砂糖が手に入りにくくて」
「砂糖が」
「聖教会が撤退してから物流が滞ってね。前はもっと安く仕入れられたんだけど」
「……リリスノアでも同じ問題があるな」
ユアンは考え込んだ。物流。物資の流通。それもリリスノアが抱える課題だ。医療や教育だけでは国は成り立たない。食料も材料も安定して供給されなければ。
「エルナ。フィア。ルーチェ。ちょっと相談がある」
「どうしたの」
「リリスノアの交易路を整備しよう。各国と連携して物資が滞らない仕組みを作る。そうすればこの店も材料を安定して仕入れられる」
「それができればいいけど。各国との交渉が必要よ」
「ああ。でもベリルとゲンマがいる。それにドルガも。みんなで知恵を出し合えばできるはずだ」
「ユアン。あなた、休みの日まで仕事のこと考えてるわね」
「あ、ごめん。でも」
「いいのよ。それがあなたのいいところだって言ったでしょ。私も協力するわ。交易路の整備なら氷魔法で保存技術を提供できる」
「私もです。各国の医療機関との連携なら、私の伝手が使えます」
「あたしは護衛にゃ。交易路の安全を守るにゃ」
「みんな、ありがとう」
ユアンは飴細工を四人分買った。フィアは猫の飴細工を大事そうに抱えている。エルナは花の飴細工を。ルーチェは星の飴細工を。
「ユアンはどれにしたの」
「これ」
ユアンが見せたのは太陽の飴細工だった。
「太陽?」
「ああ。俺の力は光だから。それに、みんなを照らせたらいいなって」
「……あなたらしいわ」
エルナが微笑んだ。ルーチェがうなずく。フィアが「ユアンの太陽きれいにゃ」と言った。
午後は市場を巡り公園で休み夕方には街の外れの丘に登った。夕日が街を金色に染めている。
「ユアン。今日は楽しかったわ」
「ああ。久しぶりにゆっくりできた」
「またこんな日を作りましょうね」
「そうだな。定期的に休みを取ることも大事だ。リリスノアの制度にも組み込もう」
「また仕事に戻ってるわよ」
三人が笑った。ユアンもつられて笑った。夕日が沈み星が瞬き始める。明日からまた旅が続く。でも今日という日を、ユアンは忘れないだろう。仲間と過ごした何気ない一日。それが何より大切なものだと、改めて思ったから。




